もふもふになっちゃった私ののんびり生活

『な、何で通じているの?それに今は匂いも漏れていない筈なのに』

 明らかにこの男性は不審だ。更に後ずさると、慌てたようにガバッと上半身を起こして叫んだ。

「いや、待ってくれ!俺も魔獣だから君の言葉は分かるんだっ!」

 ええっ!この、どう見ても熟練の冒険者にしか見えない人が、人化した姿だっていうの?

 男性が放り出した荷物には、男性の身長程もある大剣もあったのだ。

「それに街で君の匂いをはっきりと確認したから、風で匂いを消していても番特有の甘い匂いが微かでもあれば分かるんだ。俺は、鼻がきく種族だから」

 ん?鼻がきく種族、ってことはこの人はシルヴィーじゃない、ってことだよね。魔獣って混血できるんだっけ?

 家にあった本で、そこら辺のことはまだ読んだことは無かった。全ての本を読破した訳ではないし、うろ覚えなのかもしれないが。

 だって私にはまだ関係ないって思っていたんだもの!番って、どういう感覚なの?私、何も感じていないんだけどっ!

 番は、ファンタジー小説なんかでの設定ではお互いに番同士の筈だ。

 まあ、中には気に入った相手を番として認識する、というのもあったから、そっちの可能性もなくはないが、顔を合わせたこともないのに私の微かな匂いだけで番と断定しているなら、限りなく低いだろう。

 そう思って男性の匂いを嗅いでみても、私には甘い匂いなんて感じないしこの人が魔獣かどうかも判断できなかった。

 ううう……。私は野生の本能なんてないし、今でも私の精神は人の認識なんだなって今日思ったばかりなのに!神様!全く魔獣のことが分からないんですけど!!

「も、もしかして疑っているのか?そうか、まだ君は幼獣だから、番のことも良く分からないのか。今、魔獣の姿に戻るから、お願いだからそこで待っていてくれ!」

 私が魔獣同士の付き合い方なんて分からないと焦っていると、それを疑っていると勘違いしたのか男性は素早く立ち上がるとあっという間に木の間に消えて行った。

 魔獣同士の挨拶とかあったらどうする?まさか、犬みたいにお互いのお尻の匂いを確認する、とかないよねっ!そんなものがあるならセフィーが教えてくれただろうし、何も決まった行動はない、と思いたいけど……。

 頭がいっぱいいっぱいな私は、今のうちに結界の中へ入ればとりあえずこの場は逃げられるということも忘れてその場でうろうろと歩き回っていた。
 そうしていると。

『待たせたな。改めて俺はヴァンサーのヴィクトルだ。普段は人化して討伐ギルドの神銀級として活動している』

 のっそりと男性が消えた木の方から現れたのは、金を帯びた赤い毛並みの見上げる程に大きな獣の姿だった。
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