もふもふになっちゃった私ののんびり生活
幕間 ヴィクトル
魔の森とも死の森とも言われる森の奥で、微かな甘い匂いを見つけた時、頭の中がひっくり返ったような衝撃を覚えた。
この匂いは、番だ!!と、誰に言われずとも分かった。
ずっと、ずっと探し求めていた、俺の番。
それからは毎日のように森に入り、その匂いを探して彷徨い続け、何度か微かに匂う残り香を見つけたものの、姿は一度も見ることもなく。一年近くが過ぎていた。
その匂いを見つけるまでは、もう諦めて同族の元へ戻るつもりだったのに、その時にはもう頭を過ることもなく。まだ見ぬ番を探し続けて毎日ただ森を彷徨った。
その間に何十年か前に見つけた精霊樹を中心に結界が張られていることに気づき、まだ見ぬ番がその結界の中にいるだろうと推測もつけたがそれでもただ待つことなどできず。
気づくとここしばらく拠点にしていたティーズブロウの街の宿から毎日、早朝に起きると呼ばれるかのように森へと向かっていた。
俺の種族のヴァンサーは、この大陸の東の端の森とは真逆の森の端の深い森に一族で暮らす種族だ。
北にドラゴン種が住む山脈があり、その麓の森に一族単位で暮らしている。
一族の相手になるのはドラゴン種くらいしかいなく、暇になるとドラゴン種と喧嘩しては気晴らしして暮らしている。
そんな種族だから子供が生まれるとすぐに狩りを遊びとして覚え、ドラゴン種と腕試しが出来る位になると独り立ちとなる。
そんなドラゴン種とヴァンサーとの違いは番だ。
ドラゴン種はその永い生を番を求めて過ごし、決して番以外と子供は作らない。
ヴァンサーは同族の番が見つかると一族の長になるが、同族で番が見つかることはほぼ無い。それゆえ独り立ちすると他の一族を周って番を探し、見つからなければ種の保存の生存本能に従って番以外と子供を作る。
それでも中には成人して番が見つからないと、世界中を旅して回る者もいた。そういう者も定期的に戻って来ては同族に番がいないかを確認していた。
森に戻って番以外の同族と子供を作るか、そのままずっと旅を続けるかは人それぞれだったが。
その中でも俺の一族には変わり者が一人いた。一族の長である父の弟である叔父だ。
叔父は世界を旅して回っていたが、二、三年に一度戻って来ては俺に旅の話をしてくれた。そうして俺が十歳くらいの時、森の外れに家を建て、そこに人化した姿で暮らし始めたのだ。
叔父はその家で旅でのことを書き留めて本に纏めており、家には旅の間に集めたたくさんの本があった。
その叔父ことは他の一族は気にしてもいなかったが、俺は叔父の話す旅の話が好きで、一人で良く遊びに行っていた。
そうして人化して文字の読み書きを教わり、本を読むことも楽しく思うようになった。
そうしている内に俺は十五歳の時に独り立ちを許された。
森に点在する同族の群れを訪ねたが番は見つからず、それからはたまにドラゴン種と喧嘩する以外は叔父の家で本を読んで過ごすようになった。
そして二十歳になる頃、本を纏め終わった叔父がもう自分には同族で番は生まれないだろうから番を探す旅に出る、と言った。そうして恐らくもう二度とここには戻って来ないだろう、と。
その時叔父に俺は聞いた。
「なあ、なんでそんなに番に拘るんだ?俺達はドラゴン種程番に拘っていないだろう?」
「そうだね。でも、もし番じゃない人と結ばれて、その後番が見つかったら?その人を捨てて番に走るのかい?ヴァンサーでもそういうことが過去に無かった訳でもないんだよ。そんなのは嫌だから番を諦めようとも思ったんだけどね。この年になると、どうしても番を求めずにはいられなくなったんだ」
この家はヴィクトルにあげるから、好きにしてね。
そう言って、叔父は人の姿で旅立って行った。
その後何年かは叔父の家で本を読んだりしながら暮らしていたが、どうしても物足りなくなって、叔父の言葉が忘れられずに俺も人化して旅に出ることにしたのだ。