すみ
*****
3階の廊下の窓越しに見える空は見事に秋晴れ。洗濯や布団干しに励む主婦ならともかく、1時間近くの授業時間の大半を喋り続けなければならない教師には酷な季節だ。
早々に職員室で水でも飲もうと廊下を足早に進む石川だったが、ひとつ隣の教室の開け放されたドアの向こうに、見慣れた短髪のよく知った声が聞こえたので足を止めた。
「人間、生涯かけても一人前の仕事というものは高がしれている。かの西郷隆盛が言った言葉だ」
なるほど、黒板に書かれたお世辞にも綺麗とは言えない文字を読み取れば、ちょうど明治維新の単元の授業中だったらしい。
「お前ら、男だったらひとつぐらい世の中をアッと言わすような事、仕出かしてみろよ!」
相変わらず熱のこもった授業をしていらっしゃる。
石川は既にチャイムが鳴ったにも関わらず、声を上げる同期の歴史教師であり友人の榎本剛の熱弁に苦笑した。
「ちょっと先生、男だったらってナンですか!?」
「今時、教師がそんな事、言ってたら問題だっつーの」
当然のように上がった女子生徒の声だが、榎本も動じはしない。
「はいはい、ジェンダーフリーね、すみません、すみません、失礼しました」
本心の謝罪でないのがみえみえなだけに、男子生徒にはドッと笑いを呼ぶが、女子生徒が治まる気配がないのは教室の扉越しにでも伝わってくる。
「あ、だけどな、オマエら、世間様に後ろ指指されるような事で名を挙げるんじゃないぞ! これは女子にも忠告な!」
「先生!」
懲りないヤツ……。
社会科教師のくせに今現在の風潮に否定的なのは、榎本の専攻が日本史だからだろうか。
しかし、全てが本心というわけでもなく、単に女子生徒を煽って楽しんでいるというのも石川には分かる。
悪趣味な教師は自分だけではない。妙な連帯感が友情の証とはつくづく嫌な縁だと感じずにはいられない。
3階の廊下の窓越しに見える空は見事に秋晴れ。洗濯や布団干しに励む主婦ならともかく、1時間近くの授業時間の大半を喋り続けなければならない教師には酷な季節だ。
早々に職員室で水でも飲もうと廊下を足早に進む石川だったが、ひとつ隣の教室の開け放されたドアの向こうに、見慣れた短髪のよく知った声が聞こえたので足を止めた。
「人間、生涯かけても一人前の仕事というものは高がしれている。かの西郷隆盛が言った言葉だ」
なるほど、黒板に書かれたお世辞にも綺麗とは言えない文字を読み取れば、ちょうど明治維新の単元の授業中だったらしい。
「お前ら、男だったらひとつぐらい世の中をアッと言わすような事、仕出かしてみろよ!」
相変わらず熱のこもった授業をしていらっしゃる。
石川は既にチャイムが鳴ったにも関わらず、声を上げる同期の歴史教師であり友人の榎本剛の熱弁に苦笑した。
「ちょっと先生、男だったらってナンですか!?」
「今時、教師がそんな事、言ってたら問題だっつーの」
当然のように上がった女子生徒の声だが、榎本も動じはしない。
「はいはい、ジェンダーフリーね、すみません、すみません、失礼しました」
本心の謝罪でないのがみえみえなだけに、男子生徒にはドッと笑いを呼ぶが、女子生徒が治まる気配がないのは教室の扉越しにでも伝わってくる。
「あ、だけどな、オマエら、世間様に後ろ指指されるような事で名を挙げるんじゃないぞ! これは女子にも忠告な!」
「先生!」
懲りないヤツ……。
社会科教師のくせに今現在の風潮に否定的なのは、榎本の専攻が日本史だからだろうか。
しかし、全てが本心というわけでもなく、単に女子生徒を煽って楽しんでいるというのも石川には分かる。
悪趣味な教師は自分だけではない。妙な連帯感が友情の証とはつくづく嫌な縁だと感じずにはいられない。