箱庭の夢が醒めるまで
「このミルクティー、今日は甘めだね。」
まだ、おかわりある?とドーナツ片手に訊ねてくるハルのティーカップに、ポットに半分ほど残っていたミルクティーをそそぐ。
残してしまうのはもったいないので、差し出されたカップに並々になるまでついであげると、彼は「わあ、こぼれる!」とたぷたぷいうカップに口を近づけてすすった。
「お行儀が悪いよ」
「サキの注ぎ方が悪んだよ」
おどけたわたしの言葉に、少し拗ねたような彼の表情が可笑しくて、愛しくて。
わたしは思わず笑ってしまった。
開け放たれたダイニングの窓の外には、水彩画絵の具を直接流し込んだような透明な青空が広がっている。
冬を経て、最近やっと柔らかくなった風が庭の桜の花びらを乗せて、午後のティータイムを楽しむわたし達の元へと運んできた。
「どうしてそう、サキはおれに意地悪するんだろうね?」
「さあ?自分で考えてごらんなさい」
「サキのことだから、どうせまた『そういう気分だから』なんて言うんでしょ?」
「さあ?」
わざとらしいわたしの態度に、今度はハルの楽しげな笑い声が、2人だけの家に広がった。
焼き上げたドーナツと、ミルクティーの甘く優しい香り。
好物を頬張り口元を緩めるハル。
温かくて、柔らかくて。
真綿で丁寧に包まれたようなこの時間が泣きたくなるほど幸せで。
熱くなってくる目の奥を隠すように、わたしは目の縁にくっと力を入れて、なんでもないような表情をつくる。
———目の前で穏やかに笑う彼は知らない。あと5分足らずで、地球が消滅することを。
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