箱庭の夢が醒めるまで
「ドーナツ、前にサキが作ってくれたものよりも、なんだかふわふわしてる。」
「今日は揚げるんじゃなくて、オーブンで焼いたものからね。焼きドーナツ。」
「なるほど。優しい味だから、甘めのミルクティーによく合ってて、美味しい。」
「あたりまえでしょう?わたしが真心こめて作りましたからね」
「うんうん、サキが作ってくれるものはどんなものでも美味しいよ」
本当は、そのドーナツを作るのでさえ、簡単ではなかった。
公式発表がなされ、繰り返される「地球消滅」という言葉が人々に刷り込まれはじめたとき。
まず起こったのは、食料や日用品の買い占めだった。
たった数日後にはこの世から消え去るかもしれないのに。
人はとてつもない不安が降ってきたとき、とにかく消耗する品を必要以上に手元に置くことで、安心を得ようとするらしい。
発表からものの3日で近隣スーパーの食料の在庫はほぼなくなっていた。
ちなみに、その頃には物流もほぼストップしていて、かろうじて機能しているのは交通くらいではなかっただろうか。
わたしは普段から日持ちするものは安売り日に多めに買ってストックしておくタチだったので、1週間くらいの食事には困らないけれど。
運悪く、ドーナツを作るのに必要なバターを切らしていた。
ドーナツは諦めてバターを使わないものを作るのも考えた。
でも。
……最期は、彼の好物を食べてもらいたい。
わたしは近隣スーパーからしらみつぶしにバターの置いてそうな店をあたった。
そうして、やっとの思いで見つけた頃には、自宅に帰るまで車で3時間もかかる、畑が広がる簡素な町の農場まで来ていた。
まさか、彼の好きなおやつを作るのにここまで苦労する時が来るなんて。
たった1週間前には想像もしなかったな。