はじまりはステレオタイプの告白



「市原(いちはら)」


1日の仕事を片付けて、お先に失礼しますと廊下に出たところで呼び止められた声。

誰よりも聞いてきたその声で、聞き慣れない私の名前を呼ぶから、一瞬、私を呼んだことに気がつかなかった。


ただ、昴の声がすると振り向いた先で、昴が迷わずに私をみていたから、状況は飲み込めたけど。


「どうしたの?珍しい」


経理部の昴と総務部の私は、基本的に上司を通してのやり取りが多い。

付き合う時に公私混同はしないと決めて、会社で必要なときは名字で呼ぶようにしてはいたけど、できるだけ避けていた。お互いに言い間違えそうで。


だからこんな風に、定時終わりに声を掛けてくることなんて、付き合ってからは一度だってなかった。


「いや…」


なのに理由をきくと、煮え切らない反応。


昴にしては珍しい反応に、気になりはするけれど、ロビーで七星と北斗を待たせてる分、ゆっくりと話をしてる時間もない。


「少し急いでて。夜でもいい?」


仕事のことだったら上司を通すし、直接やり取りできるものは全て片付けてあるから、急ぎの用ではないはず。

そう思ってエレベーターのボタンを押すと、近づいてきた昴が、私の手にふれる。


「…職場だよ?」


本当に、どうしたんだろう。


「わるい。急いでるのに引き止めて」


ハッとしたように一言告げると、すぐに昴は離れて。迎えにきたエレベーターへ乗っていく私を見送ってくれたけど、明らかに変だった。

最後まで私をみていたグレーがかった瞳が、頭から消えない。



ロビーにつくと、もう七星も北斗もそこにいて。

内容までは聞こえないけど、なんだか楽しそうに話をしている。…切り替えなくちゃ。



< 5 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop