没落人生から脱出します!
* * *

 最初に家を出てきたときは、行き先を迷っていたこともあり、移動にはまる一日かかったはずだが、寄り道もしない伯爵家の馬車は、二時間程度でエリシュカをキンスキー伯爵邸へと連れてきた。
 広い世界を知った今は、大きいと思っていたお屋敷が、小さな牢獄のように思える。

「帰ってきたのね。エリシュカ」

 屋敷に入れば、不機嫌そうな母に迎えられた。

「どうしてあなたはこんなに私たちを困らせるの?」

 まるで憎しみさえ内包しているような瞳に、冷たい声。エリシュカの胸に、見えない棘が突き刺さる。

「お母様、あの」
「逃げても無駄だと、もう分かったでしょう。伯爵家に生まれた娘として、与えられた責務をこなしなさい」

 欠片も心配しているそぶりを見せない両親に、自分は何を期待していたのだろうとエリシュカは苦笑した。ブレイクやリアン、リーディエやヴィクトルが優しかったから、感覚が少しおかしくなっていたのかもしれない。
 悲しかったが、妙に冷静にもなっていた。父や母に対して、すでにあきらめを持っていたからかもしれない。

 エリシュカがここから飛び出して知ったことは多い。
 貴族と平民の間には、感覚の相違があること。
 他人でも、ちゃんと親身になってくれる人が世の中にはいるということ。
 エリシュカは貴族としても平民としても中途半端だ。前世の記憶が強く、平民の自由な心を持っている。だけどエリシュカは没落しかけているとはいえ貴族の娘で、どう頑張っても生まれは変えられない。

(覚悟を決めよう。心を殺して貴族の令嬢として生きる)

 貴族としての生活なんて欲しくない。だけど、ブレイクやリアンの生活を守るためなら、きっと頑張れる。

(そうすれば、きっとリアンさんの両親を死なせてしまった罪滅ぼしにもなる)

 唇を噛みしめ、エリシュカは心に蓋をすることにした。

「……はい。お母様の言うとおりにします」

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