没落人生から脱出します!
「どちらさまですか」
「おまえの夫候補だ」
「……お父様、私、十七です。ご存知ですよね?」

 よもや自分の娘の年齢も忘れ、こんな年上の男との縁談を組んだというのだろうか。
 いぶかし気に問いかけたエリシュカの目を見もせず、伯爵は感情の感じられない無機質な声で続けた。

「名前はバルウィーン男爵。年は四十四歳。六年前に奥方を亡くされていて、息子がふたり。金鉱脈発見で財を成し、男爵位を得た成り上がりだ」
「私の相手は息子さんの間違いでは?」
「いいや。男爵は後添えを捜しておられる。お前を娶れるならば、我が家の借金はすべて払ってくれるそうだ」

 エリシュカの顔から血の気が引いた。

「お父様は私に身を売れと言うの?」
「いいや。縁談だ。いい話だと思わないか。お前は資産家の妻となり、贅沢もし放題。ついでに我が家も助かる」

 父の口元が弧を描く。
 エリシュカは信じられなかった。
 自分が弟たちに比べて、両親から愛されていないのは知っていた。
 記憶喪失になったことも原因なのかもしれないが、母親のエリシュカへの態度は、まるで継子にでも対するもののようだったし、父も跡継ぎではないエリシュカにはいつも冷たかった。
 だから、結婚に対して自分の意志が通るとは思っていなかった。伯爵家に生まれた娘として、政略結婚を強要されることくらいは、覚悟していたのだ。それでも、家格や年齢くらいは釣り合いが取れるよう考えてくれると思っていた。まさか、身売りのような結婚を強要されるなんて……。

「お父様は、私に、自分と同じ年頃の息子がいる男へ嫁げとおっしゃるの?」
「我が家を救うためだ。お前も言っただろう。身を切る覚悟を持てと」
「そういう意味じゃありませんわ」

 言い返そうとしても、父の顔に揺らぎは見えない。これ以上言っても無駄なのかもしれない。彼の庇護下にある以上、どんなに訴えてもエリシュカは彼の決定に従わざるを得ないのだ。

「……少し考えさせてください」

 エリシュカは仕方なく、時間を稼ぐことにした。
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