没落人生から脱出します!
「リアンさんは、もしかして昔、キンスキー家と関わりがあったのですか?」
率直なエリシュカの問いに、リアンは顔をこわばらせた。
「……本当に何も覚えていないのか? 俺のこと、すっかり忘れたのか?」
怒っているようにも、傷ついているようにも見える彼の表情に、エリシュカは自分が悪いことをしているような気持ちになる。言い訳をするように、事情を説明した。
「実は私、七歳のときに記憶喪失になったんです。だからその前に出会った人のことは何も覚えていないの」
「えっ……」
リアンの手から包丁が滑り落ちた。カタン、と硬質な音を立てて、床に転がる。
「危ないわ」
「……嘘だろ。じゃあ俺のこと、全く覚えていないのか? お嬢」
拾おうとした手を掴まれ、まっすぐに見つめられてエリシュカは真っ赤になる。
なにせこのリアンという男、顔立ちは結構整っているのだ。
「ご、ごめんなさい。あなたの名前は、全然覚えていないんです。両親からも使用人からも聞いたことはないと思うわ。良かったら、あなたから教えてくれないかしら。私が何歳のときに会ったんですか?」
「……それは」
リアンは少し考えたように口もとを押さえた。
「昔、家族でキンスキー伯爵家に仕えていた時期がある。俺が七歳から十歳の間の三年程度だ。幼い俺は、小さなお嬢の遊び相手だった」
「あ、じゃあ、もしかして、木登りを教えてくれたのはあなたね?」
エリシュカはぱっと顔を晴れ渡らせた。リアンはぎょっとしたようにたじろぐ。
「あ、ああ。そうだが」
「ありがとう。だったらあなたは私の恩人だわ」
「は? どういう……」
リアンの問いかけを遮るように、鍋が噴きこぼれる。ふたりの意識はいっぺんにそちらに向かう。リアンは彼女の前に盾になるように立った。
「危ない。火傷しちゃうわ」
リアンの脇からのぞき込むように見て、エリシュカは驚く。そのコンロはエリシュカが想像していたものと違った。コンロはガスを使うものが主流だが、これは炎が出ていない。