かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました
「すみません、たまたま通りがかっただけなんですけど、立ち聞きしたみたいになっちゃって」
桐島さんは「いや、大丈夫だよ」と笑顔を作ってから……それを困ったように崩した。
「中学の頃の同級生なんだ。ちょっと苦手な子だから断ろうとしたんだけど……あれだけこっちの話を聞いてくれないのも考え物だな」
そう眉を下げ微笑む桐島さんは、珍しく弱っているように感じた。
誰が相手でも完璧な笑顔であしらってしまう桐島さんがこんな顔をするのだから、本当に苦手な女性だったのかもしれない。
青信号が点滅しだしたので、ふたり並んで歩きだす。
「だいぶ強引でしたもんね」
しかも、会社前で待ち伏せされたら逃げ道がない。
先に退社できたとしても、あの女性がいつまでも会社前に立っていたら目立つし、誰かが声でもかけてそこで桐島さんの名前が出たら色々と面倒だ。
……となると、やっぱり逃げ道がない。
「あの、どうするんですか?」
「十九時に出て行って話をして帰ってもらうのがベストだけど……納得してくれるかが問題かな」
そう話す横顔はやっぱり少し弱っているように見え……気付けば手が伸びていた。