かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました


「あの、手……」

隣を見ることはできない。
うつむいたままでなんとか声を出すと、桐島さんの視線がこちらに向けられたのが視界の隅でわかった。

「嫌?」

ゆっくりと問われ、困る。
退社後、駅に向かう途中でどうして手を繋がれているのか、その理由が知りたいのに嫌かどうかを聞いてくる桐島さんに、ふるふると首を振った。

「嫌とか、そういうことじゃなくて……」

理由を教えて欲しい、とは言えずに口ごもった私を、桐島さんは少し笑ったようだった。

普段はいい意味でも悪い意味でも割となんでも口にする私が、手を繋いだだけでこんな風になるのをおかしく思ったのかもしれない。

だとしたらおもしろくないけれど……事実なだけに仕方ない。

「嫌ではない?」と再度、確認するように聞いた桐島さんにうなずく。
すると、ようやく桐島さんが答えを口にした。

「経験値が低いって言ってたから。ゆっくり俺に慣れていってくれたらいいなと思って」

ドキドキしすぎて、後半はなにを言っているかよく頭で理解できないまま耳を抜けて行った。
でも、〝経験値が低い〟という部分だけは拾えたので、ああなるほど……と落としどころを見つけて胸を撫で下ろす。

桐島さんに修業をつけてもらっていると思えば、緊張も少しはほどけていく。


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