かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました
スーツ姿の男性は三十代半ばくらいに見える。
たしかに知っている顔だけれどハッキリとは思い出せず焦っていると、男性が笑う。
「ああ、大丈夫。そんな怪しまないで。俺は融資管理部の酒井」
言われて、ようやく記憶と顔が一致した。
しまった、融資管理部の部長だ。
「あ……すみません。ぼーっとしていて」
「いや、いいよ。普段、仕事では関わることがないし知らなくても当然だから」
そう、優しく笑ってフォローしてくれる酒井部長にホッと胸を撫で下ろす。
たしかに仕事での関わりはないしフロアも違うから知らなくても当然と言えば当然だ。
それでも部長ともなれば、知られていないと怒るタイプの人もいるだろうから、酒井部長がそうじゃなくてよかった。
それにしても……酒井部長と私はこれがたぶん初会話だっていうのに、どうして私の名前を知っていたんだろう。
不思議に思って見ていると、微笑んだ酒井部長が言う。
「こんな時間だし危ないから送るよ」
「いえ。心配していただかなくても大丈夫です。それにこれから電車にも乗りますから」
ここから歩きならまだしも、電車に乗ると伝えればついてこないだろうという考えで言ったのだけれど、酒井部長は笑顔で言う。