かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました


「噂なんかに興味はないよ。でも……」

そこまで言った桐島さんが、顔を歪めて「はー……」と長いため息をもらしながらしゃがむ。
そして片手で前髪をかきあげたあと、そのまま頭をくしゃくしゃして私を見上げる。

浮かんでいるのは苦笑いだった。
その顔に胸が締め付けられ体が跳ねそうになる。

この感覚には覚えがあった。

出先でたまたま酒井部長に会ってマンション前まで送ってもらった日。
あのとき、『あまり心配させないで』と言われたときにも感じたものだ。

閉じ込めておけない気持ちが滲んだような表情や声は、いつも完璧な桐島さんが見せた、本当の、飾らない感情に思えた。

警戒心の強い桐島さんが見せてくれた〝心〟に、私の胸がわけのわからない感情に揺すぶられる。
知っているジャンルで区別するならば、母性だとかに近いのかもしれない。

切なさを滲ませた声にも、自嘲するような笑みにも、愛しさが溢れて止まらない。

自分自身の感情の対処の仕方がわからずに困っていると、私を見た桐島さんが「それ、わざと?」と聞くから、意味がわからず、ますます困ってしまった。

「〝それ〟って?」

桐島さんはスッと立ち上がってから答える。

「そうやって何も気付かない振りをして俺の気持ちを試すようなことを言ってるんだとしたら……って話」

苦笑いを浮かべながら言われ、すぐに口を開いた。
試すなんて、そもそもそんな高度な技は使えない。


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