かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました
「……ありえない」
右手でビーフシチューの入ったお鍋をかき混ぜながら、左手で携帯を耳にあてる。
コールしても一向に繋がらない電話。
さっきから何十回このコール音を聞いただろう。
数えておいて、その数だけ後で言うことを聞かせればよかった……と考えながら、携帯をエプロンのポケットにつっこんだ。
IHコンロの電源を切る。
香り高い湯気を立てるビーフシチュー。同じようにグツグツに沸騰している怒りをそのままに、勢いよくフタをしようとしたけれど……冷静になりその手を止めた。
フタはガラス製だ。壊れても困る。
こんなに頭にきていても物にも当たれないことに悔しくなりつつもそっとフタをしてから、ボスッとソファに腰掛ける。というよりも、背中からダイブする。
「はぁー……もう」
黒いステンレス製のテレビラック。その端に置いてある時計が指すのは、二十時半。
『二十時には帰るから~』と、朝、呑気な顔をして出て行った陸を思い出すだけでイライラする。
冗談じゃない。料理なんて面倒だし、今のコンビニのクオリティーを考えれば買ったモノで十分だ。
陸が『材料費出すから! どうしても澪の作ったビーフシチューが食べたいんだよ。この通り!』って手を合わせるから、そこまでして食べたいならと嫌々重い腰を上げたっていうのに、まさかの遅刻。