かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました


「いえ。市販のルー使ってますし、安いお肉ですし……」
「でも、肉も柔らかく煮えてるし、野菜のサイズもちょうどいい。俺は料理できないから、すごいよ」
「じゃあ、普段の食事はどうしてるんですか?」

すらすらと褒めてくれる桐島さんに困り、話題をビーフシチューから離す。
桐島さんは残り少しとなったビーフシチューをスプーンですくいながら「ひとりの時は、ほとんど買ったもので済ませてるかな」と眉を下げた。

「帰ったあとキッチンに立つ気にもならないし、そもそも料理も好きじゃないから。体に悪いのはわかっててもなかなかね」

完璧に見える桐島さんだけど、そういう一面もあるのか……と内心驚き、そして共感する。

「私も似たようなものですよ。節約とか体調管理とか考えると作った方がいいのはわかるんですけど、毎日ってなると面倒で。うちの場合は陸がいるし、週に何度かは作りますけど、ひとりだったらもっと作っていないと思います」
「へぇ。そうなんだ。上手にできてるから、てっきり料理得意なのかと思ってた」

驚いたように言われて反応に困る。

「繰り返すようですけど、これは市販のルーですし、おいしいのは企業努力の結果です」

たかがビーフシチューひと皿で何度も褒められるのはいたたまれず、パンをちぎって口に詰め込む。

自意識過剰かもしれないけれど、さっきから何を言っても褒められている気がして、なんだかとても恥ずかしい。

こんなことなら、オフィスモードで接してくれたほうが心臓の負担は少なそうだ……と考え、そういえばと口を開く。

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