かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました
「たまたま見かけたから声をかけただけで、別に桐島くんに会いにきたわけじゃないから誤解しないでね」
ツン、とした態度で言う女性に、桐島さんは「しないよ」と答える。
その顔と声のトーンはいつも会社で目にするものだけど……なんとなく違和感を持った。
少し……ほんの少しだけど、迷惑しているような声に聞こえた。
「でも、こんな偶然そうそうないしと思って誘っただけ。女の私がこうして誘ってるんだから断らないわよね。学生時代、ただの友達ってわけでもなかったんだから」
女性が強い口調で言い切る。
それでも桐島さんは「悪いけど」と断ろうとしているみたいだったけれど、女性は桐島さんの言葉を遮るように言う。
「とにかく、十九時に桐島くんの会社前で待ってるから」
そのまま桐島さんの答えを待たずに女性が歩き出す。
見れば信号が青に変わっていた。
高いヒールをカツカツと鳴らしながら歩く後ろ姿が勇ましくて見入っていたけれど、横から「相沢さん?」と声をかけられハッとした。
気付けば桐島さんたちが話していた場所まで来てしまっていた。
「あ、おはようございます。早いですね」
咄嗟に言うと、桐島さんは「おはよう」と目を細めた。
「これくらいの時間の方が電車が少しだけど空いてるから。相沢さんは? いつもはこの時間じゃないよね」
「はい……なんとなく今日は早く目が覚めたので」
言いながら横断歩道の方に視線を向けたけれど、女性の姿はもうかなり小さくなっていた。
そんな私に気付いたからだろう。
「もしかして、聞いてた?」と問われてしまい、バツの悪さを感じながら謝った。