地味で根暗で電信柱な私だけど、甘いキスをしてくれますか?
 私の勤務する大型書店は地下二階に仕入課がありそこの倉庫はちょっとした広さがある。

 もしかしたらそこに件のマニュアル本が紛れてしまったのかも、と淡い期待を込めて長野ちゃんに見てきてもらったのだがどうやら駄目だったらしい。

「ゆかりさん、やっぱり来てないみたいですよぉ」

 長野ちゃんの声が上ずっていた。

「しかもあそこ(仕入課)の主任さんすっごい怒っちゃって、客注で事故るなんてどういうつもりだーってあたしに怒鳴るんですよぉ。それ取次と版元に言ってほしいですぅ」

 うんうん、そうだよね。

 長野ちゃんは悪くない。

 私は今にも涙を決壊させそうな彼女の頭を撫でてやった。しかし、ここは戦場、ゆっくり宥めている暇はない。

 フロア主任が長野ちゃんを呼び、半泣きのまま彼女はそちらへ向かう。私の頭の中になぜか「ドナドナ」の曲が流れた。あまりに彼女の背中が哀れに見えたからかもしれない。

 とはいえ、こちらはまだ通話中だ。

 相手方が保留中にしていたためどこかで聞いたようなメロディが繰り返されている。まさかこのまま逃げたりしないわよね、と思ったときカチャリと音が鳴って技術評論書房の山田さんが出た。

「あーすみません。どうも手違いがあったみたいでこっちで止まってました」

 山田さーん!
 
 
 
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