『おばあちゃんの贈り物』-許嫁(いいなずけ)とか意味わかんない-
 どんなにあたしを責めているときも、顔だけは絶対、どこか、のんびりしていたのに。
「…そうか。それじゃ、もうこれ以上、なにを話しても時間の無駄だな」
「そうだね」

 一瞬まよったけど。
 パイのお皿はそのままにして立ち上がる。
「だいぶお互いのこと、わかってきたと思ってたのにな。残念だよ」
 よく言うよ。
 あんたなんか、あたしのなにをわかってるって?
 笑わせないでよね。
「おやすみ……」
 ぎぎい…っていうベッドがきしむ音といっしょに、ゾンビがあたしに背中を向ける。
「ばいばい」
 あたしもまっすぐドアにむかう。

 細く開けてあったドアに手をかけたら、うしろでまたベッドがきしむ音がした。
「春加…」
 ふり向くと、ゾンビが小さなビニールの袋を投げてよこした。
「持ってけ」


 ダンダン音をたてて階段をのぼって。
「なによ」
 部屋にかえって、ベッドの上に袋を投げつけた。
 居候(いそうろう)がえらそうに!
 部屋のなかを歩き回っても、イライラはおさまらなくて。
 ふと目に止まった袋にやつあたり。
 セロテープの止め口を強引に引っぱって。
 うにょうにょに伸びただけで開かない袋にまた怒り。
 両手で力いっぱい横に引っぱると、でろんと裂けた口からCDが床にころがった。
「……ぁ……」
 まだ買っていなかった新譜。
(なん…で)
 あたしの部屋にある、あたしの持っている、たったひとりのあたしのアイドルの5枚目のCDだ。
(あいつ…ってば……)
 あたしの部屋になんか、たった1回、入っただけじゃない。
 ほんのちょっと見回しただけでしょう?
 好きなこと。
 好きなもの。
 そんなこと1度も話したことなんか、なかったのに……。


 だれかが知らないうちに自分のことをわかってくれていたっていう感覚は、いつか、ゾンビの背中で感じたふわふわ空に浮かぶ感じと、よく似ていた。
 心が、すとんとゾンビにもたれて。

 どき どき どき どき

 心臓が弾むたびに、頭が…ゆれる。
 身体中の力がぬける。

 スキ カモ シレナイ

 あたし。
 あいつのこと。
 好きかもしれない。
「ど…うしよう」
 こんなの…困る。
 困るよ、おばあちゃん。
 あたし、どう…しよう。
「どうしよう」

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