『おばあちゃんの贈り物』-許嫁(いいなずけ)とか意味わかんない-
 ゾンビは、一度もあたしには話しかけてこなかった。
「今度こそ、絶対、絶対ですよ、(のぞみ)さん」
「うん。メンバーに話はしておくよ」
「じゃ、また明日ね、お春」
「うん。バイバイ」
 電車がだんだんスピードをあげて、ホームでいつまでも手をふる沙月の姿が、見えなくなるまで。


春加(はるか)……」
 電車が線路の継ぎ目を通過するたびに、ガクンガクンふらつきながら、
(やめて!)
 あたしをじっと見ているゾンビの視線をさけたくて、ちょっとずつ身体をひねる。
 だって…、こんなゾンビは、きらいなんだもん。
 ジャケットを抱えた腕を優雅に曲げて、指をパンツのポケットにつっこんだゾンビは、倍もオトナに見えるから。
「つかまっとりゃ、えーやないか」
 天井のポールを余裕でつかめるゾンビは揺れない。
 ジャケットをのせたくの字の腕が、あたしの背中を軽くつく。
 それだけで、みっともなく、よろけちゃうけど。
「平気ですっ」
 強がるあたし。
 午後6時半。
 快速は80パーセントくらいの混みかたで、()り革につかまれないなら電車がゆれるたび、おとなしくだれかにもたれちゃうのが正解なんだけど。
 前も横もおじさん。うしろはゾンビ。
 身体をつっぱっていると、ますます真っ直ぐ立っているのがむづかしい。
 脚が棒になったみたいに思えてきたころ、耳のうしろでゾンビのため息が聞こえた。
「なにをそう、がんばるんや」
 そんなこと……、そんなこといいでしょ? どうだって。
「いつまでも、そうやってそっぽ向いとるとなぁ」
 なによ。
「あの子と、つきあうぞ」
「…………っ」
 足が。
 ふんばるのを。
 忘れた。

「ご…めんなさい」
 前のおじさんに肩から激突。
 好きなのに……。
(きらいだ)
 わかってたのに。
(やだ、やだ)
 たったひとこと言えなくて。
 足が。身体が。ねばねば沼にはまっていく。

 おばあちゃんが悪いんだ。
 勝手なことを言い残して死んじゃって。
 これからあたしは、どうなるの?

 助けて。
 助けて!
 助けてよう。
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