『おばあちゃんの贈り物』-許嫁(いいなずけ)とか意味わかんない-
沙月がニタニタ笑いをうつむいてかくして、あたしの背中にぴっとりくっついた。
「実物は……迫力…あるわあ」
沙月が耳元でささやくと、香水のいい匂いが、ただよってくる。
「だから、それは……」
誤解だって!
言いかけて声をのみこんだ。
ばかなあたし。
誤解されているからなに?
本当のことを話さなきゃならなくなるより、ずっと、ずっとましじゃない。
建物自体から臭うタバコの移り香に眉をしかめながら階段を下りて。
地下の貸しスタジオのドアを、沙月のためにホテルのドアマンさんみたいにタッチャンが開けたとたん
「うひょー。これがウワサの沙月ちゃんか」
「あいやぁ、ほんと。すっげぇ美人だワ」
バンドのメンバーたちに囲まれて。
「ま、おじょうず」
沙月はすっかりごきげん。
あたしだって、沙月は美人だと思うし。
道でみんなが沙月に注目するのは、ちっとも気にならない。
むしろ自慢なくらいだけど。
こんなふうに目の前で差別されるのは、やっぱりちょっと…つらい。
自分がかわいくないのなんて知ってるけど。
比べられるのは、いやだよね。
さりげなく、にぎやかな初対面のあいさつの輪をはなれたら、
「春加!」
ゾンビがスタジオのすみで、畳んでおいてあるパイプ椅子を指さしている。
沙月はみんなとおしゃべりで。
あたしは椅子を並べる係。
(こなきゃよかった)
自分で自分を悲しくさせる場所なんかに、こなきゃよかった。
大ばかだ、あたしは。