『おばあちゃんの贈り物』-許嫁(いいなずけ)とか意味わかんない-
 スタジオのなかとは対照的に、しーんと静かな廊下に出て、あたしがドアの丸窓から室内の沙月(さつき)に手をふっている横で、タッチャンもメンバーに指でなにか合図していた。
 みんな、思い思いに指であいさつを返してよこしたけど、ゾンビはギターにうつむいたまま。
「なーんか、わし、ようわからんのやが」
 タッチャンが親指でトントンとガラス窓を叩いた。
「あの子、おじゃま虫とちゃうの?」
「ううん…」
 おじゃま虫は、あたし。
 すぐにきっと、タッチャンにもわかる。

 ビルを出るとすぐ、タッチャンがあたしをちらっと横目で見て、ポケットから真っ黒なサングラスをひっぱりだした。
 かちゃっとかけて、かけた目で空を見上げる。
「おー、なんと! 空が真っ暗やねぇか。こりゃ雨、降るかぁ?」
 あはは。
 タッチャンの頭の上にだけ?
「よしよし。やっと笑ったな」
 えっ?
「かわえぇ子が、そんな暗い顔したらぁかんよ。なんや知らんけど大丈夫やって。わしが保証するで。な」
 ありがとう、タッチャン。
 でも、あたし、大丈夫だよ。
「ね、ね。そのサングラス、ちょっとかけさせて?」
「ん?」
 タッチャンがわたしてくれたサングラスをかけると、世界が変わった。
 突然暗くなってしまった街は、降水確率が上昇。
「降るなら、降ってみろ――ぉ」
「おお。意外に過激な性格やな、このお姫さんは」
 タッチャンが笑う。
 あはははは。
 うん。
 めそめそなんか、するもんか。
 あたしは泣かない。

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