無口な彼の熾烈な想い
「鈴は、あの人のことをどう思った?」

「あの人ってお母様のこと?」

「ああ」

生まれてきた我が子を受け入れず、あろうことか性別を偽って育てようとした実母。

自我が芽生え、女の子の格好をしても自分は姉や母とは何もかもが違うと悟った時には、周囲の絢斗に対する評価は地に落ちていた。

子供の素直さは残酷だ。

異質なものを攻撃し思ったままを口にする。

しかも一度押された烙印はそうそう消せない。

今でいう゛男の娘゛認定ならまだ良かったが、絢斗は完全に゛女の子になり損なった男の子゛認定されていた。

執拗な虐めは高校時代まで続き、母親から距離を置いても尚、母親の陰に悩まされる現状に心は荒んだ。

父が女性として育てられた過去や、母親が男性に何らかのトラウマを持っていたため周囲から我が儘を許されて育ってきたことには同情の余地はあるだろう。

しかし、二人は決して周囲から今の現状を強いられてきた訳ではないし、自分達で選択して今があるのだ。

絢斗や綾香は違う。

母親の趣味や思考に振り回されて傷ついた過去がある。

そこから抜け出せない地獄もあった。

かつての学友や知人からは、自分だけでなく、母親と父親も奇異な目で見られることが多かった。

マイペースで自由奔放な二人は周囲を振り回す天才だった。

絢斗は鈴に惹かれているが、正直、あの両親を見て、鈴が引いてしまうのではないかと恐れていた。

これまでのように『縁がなかった』『育った環境が違うから仕方ない』と割りきれないくらいには鈴に填まっている。

しかし、だからこそあの両親の存在に目を瞑ることも、隠し通すこともしたくない。

それは自分自身の存在を否定することになるからだ。

鈴の本音を知れば、傷つき前を向いて歩けなくなる程の打撃を受けるかもしれない。

だが、鈴はすでに絢斗の毒親である彩月に出会ってしまった。

絢斗の過去の断片にも触れてしまっている。

それならば、今が一歩前に進むべき時だ。

絢斗自身が殻を破り、新しい自分と向き合い世界を美しいものだと感じられるために・・・。
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