無口な彼の熾烈な想い
美味しそうな出汁の匂いが鼻先をかすめる。

先程まで隣に感じていた温もりがいつの間にか消えていたことに気付いた鈴は言い知れぬ淋しさを感じたが、自分以外の存在を漂ってくる香りから感じられることも嬉しかった。

これまでは、早朝に母親が料理をしてくれた思い出は記憶にない。

小学生の時に千紘と鈴を引き取って育ててくれた祖父も、料理はからっきしダメで、千紘と鈴の朝食はもっぱらパンと牛乳だった。

だから出汁の匂いは、鈴にとっての家庭の香りではない。

しかし、日本人の性とでも言うのか?漂ってくる滑らかな香りは言い様のない郷愁を感じさせて、鈴の胸を熱くするのだ。

「絢斗・・・さん?」

眠い目を擦りながらキッチンに向かうと、鈴のアニマル柄のエプロンをつけた絢斗がお味噌汁の味を確認しているところだった。

「おはよう、鈴。朝御飯ができるからそっちに座ってて」

うっぷ・・・(焦)

ここに来て゛夜明けのコーヒー(死語)゛ならぬ゛夜明けの味噌汁゛ですぞ。

鉄板過ぎる攻略イベント発生の数々に、鈴は萌えすぎて叫びそうになる自分の口元を押さえて衝動を逃がした。

これが少女漫画かTL小説なら、絢斗は爽やかな格好で朝食を作って微笑むのだろうが、実際はサイズ違いのスエットにアニマル柄のエプロンとかなり滑稽な姿だ。

だが恋は盲目とは良く言ったものである。

どんな格好をしても゛素敵な絢斗さん゛にしか見えないのは、恋する乙女の贔屓目なのだろう。

ん?

しかし、である。

本来ならここは女子が料理を作るシチュエーションではないだろうか?

それこそゲームなら『料理もできる俺の恋人最高!』って好感度を漠上げできる絶好のチャンスのはず。

しかし、基本、一人の時間は、料理にあてることすらも惜しいと考えて行動してきた喪女の鈴だ。

生憎そんなスキルは持ち合わせていない。

しかも、絢斗はプロの料理人で、世間でも有名な人気店を経営するほどの腕前の持ち主。

そんな絢斗に素人以下の鈴の料理を食べさせようなんておこがましいにも程があるだろう。

鈴は早々に白旗を上げて、料理に関する一切を放棄しようと決心した。
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