無口な彼の熾烈な想い
Kent の実力
「着いた」
Flower of Kent at EASTに到着するまでの30分間、絢斗はほとんど口を開かなかった。
「これ」
「暑くないか?」
缶コーヒーを差し出してきたときと、暖房が効きすぎていないかを確認した時のたったの2回。
そしてこれが3言目の言葉だった。
静寂が苦ではない鈴は、黙って絢斗を観察していた。
車の運転には人柄が出るというが、右折左折時のハンドルさばきも、ブレーキとアクセルの踏み込みのときも、いずれの動作も淀みなくスムーズで穏やかだった。
煽り運転もしなければ、煽られても割り込みされても感情を動かさない。
凪のような人物だな、と鈴は思った。
怒りという感情がないのか、他人に関心がないのか・・・。
しかし、車に乗る前にドアを開けてくれたり、飲み物や室温への気遣いなど、優しさも持ち合わせているようでもある。
綾香に命令されて嫌々やっている風にも見えない。
マイペースでお一人様を好んできた鈴は、男性を分析するほど男慣れしていなければ興味も持ってこなかった。
もちろん、獣医学科というのは男性が多く、男子学生と実習や授業で同じ空間にいることも多々あったのだが、いずれも身なりに構うことはない熱血漢ばかりで皆イケメンとは程遠かった。
血液や糞にまみれ、色恋沙汰に発展する要素は皆無だったように思う。
実験や実習ではマスクにゴーグル、グローブにガウンと、『惚れてまうやろ』的な状況は生じない。
己の身を感染や身の危険から守ることに必死で、皆それどころではなかったことも大きい。
彼らは同じ苦難を乗り越えた同志であり、同じギルトに属する冒険者とも言えた。
繊細な料理を作る細身のイケメン男子。
゛なにそれ美味しいの?゛
なんて言葉が昨今のTL小説で乱用されているが、そんな言葉に共感できるほどの過酷な状況におかれていたのである。
働きだした今、多少自堕落になっても許されるだろう。
獣医師国家試験は86%と高い合格率を誇るとはいえ、気を抜くと簡単に落ちる。
単位取得、国家試験の準備にと、勉強に明け暮れ荒れ果てた日々は、もはや思い出したくはない程の黒歴史である。
実家と大学を往復する日々は、もはや喪女と呼ばれてもおかしくはない状況であった。
家畜や病気の動物達に囲まれ、色気は捨て去った暗黒時代。
数年後に、こうしてキラキライケメンと食事をする機会に恵まれるなど、あの頃の鈴は想像もしていなかったに違いない。
遠い目をする鈴は、車から降りるのも忘れて感慨に耽っていた。
「そろそろ降りてくれないか?」
そう、絢斗に促されるまで、座席の背もたれに寄りかかってぼんやりしてしまったのはご愛敬だ。
Flower of Kent at EASTに到着するまでの30分間、絢斗はほとんど口を開かなかった。
「これ」
「暑くないか?」
缶コーヒーを差し出してきたときと、暖房が効きすぎていないかを確認した時のたったの2回。
そしてこれが3言目の言葉だった。
静寂が苦ではない鈴は、黙って絢斗を観察していた。
車の運転には人柄が出るというが、右折左折時のハンドルさばきも、ブレーキとアクセルの踏み込みのときも、いずれの動作も淀みなくスムーズで穏やかだった。
煽り運転もしなければ、煽られても割り込みされても感情を動かさない。
凪のような人物だな、と鈴は思った。
怒りという感情がないのか、他人に関心がないのか・・・。
しかし、車に乗る前にドアを開けてくれたり、飲み物や室温への気遣いなど、優しさも持ち合わせているようでもある。
綾香に命令されて嫌々やっている風にも見えない。
マイペースでお一人様を好んできた鈴は、男性を分析するほど男慣れしていなければ興味も持ってこなかった。
もちろん、獣医学科というのは男性が多く、男子学生と実習や授業で同じ空間にいることも多々あったのだが、いずれも身なりに構うことはない熱血漢ばかりで皆イケメンとは程遠かった。
血液や糞にまみれ、色恋沙汰に発展する要素は皆無だったように思う。
実験や実習ではマスクにゴーグル、グローブにガウンと、『惚れてまうやろ』的な状況は生じない。
己の身を感染や身の危険から守ることに必死で、皆それどころではなかったことも大きい。
彼らは同じ苦難を乗り越えた同志であり、同じギルトに属する冒険者とも言えた。
繊細な料理を作る細身のイケメン男子。
゛なにそれ美味しいの?゛
なんて言葉が昨今のTL小説で乱用されているが、そんな言葉に共感できるほどの過酷な状況におかれていたのである。
働きだした今、多少自堕落になっても許されるだろう。
獣医師国家試験は86%と高い合格率を誇るとはいえ、気を抜くと簡単に落ちる。
単位取得、国家試験の準備にと、勉強に明け暮れ荒れ果てた日々は、もはや思い出したくはない程の黒歴史である。
実家と大学を往復する日々は、もはや喪女と呼ばれてもおかしくはない状況であった。
家畜や病気の動物達に囲まれ、色気は捨て去った暗黒時代。
数年後に、こうしてキラキライケメンと食事をする機会に恵まれるなど、あの頃の鈴は想像もしていなかったに違いない。
遠い目をする鈴は、車から降りるのも忘れて感慨に耽っていた。
「そろそろ降りてくれないか?」
そう、絢斗に促されるまで、座席の背もたれに寄りかかってぼんやりしてしまったのはご愛敬だ。