無口な彼の熾烈な想い
「ところで、兄夫婦はどちらに?」

「奥の個室にいらっしゃいます」

「それでは私もそちらに・・・」

「いえ、鈴さんはこちらへ。お兄様方はお食事の合間に、とある方との大切な商談があるようでして」

初耳である。

お礼として招待された食事の場で商談とか、明らかに礼儀に反する態度も説教ものだが、鈴が二人と離れて食事をする状況になるなど聞いてはいない。

゛知っていたら断固として断っていた゛

ただでさえ、迎えに来たのは絢斗で驚いたのに、食事まで別々とは・・・。

まんまと嵌められた感満載だが、何を言っても後の祭りである。

それに獣医が商談とか・・・。

゛何?手術の予約なの?それともペット販売とか始めちゃうの?゛

納得のいかない゛商談゛というワードに、鈴の頭に?がいくつも浮かんでは消えた。

「こっち」

突然、絢斗に腕をつかまれ歩き出した鈴は、そんな絢斗の強引な仕草に驚きながらも、なすがままについていく形となった。

もはや、周りの雰囲気に気を配る余裕はなくなっていた。

そのため、近くのテーブルに座っている男女が二人の写真を撮っていることには気付かなかったのだが・・・。



案内された個室は、白壁に風景画がかけられ、北欧のインテリアと暖かな照明が場を引き締める素敵な部屋だった。

「どうぞお掛けになってください」

椅子を引いてエスコートしてくれた男性は、ホスト1号・・・ではなく、絢斗その人だった。

昨夜のひらのペットクリックでは、壁の花と化してしまうほど存在感の薄い絢斗だったが、さすがホームベース、本拠地だからなのか動きがスムーズである。

゛なるほど、仕事となると途端にフェミニストとなり、本領を発揮するのね゛

と、鈴が意外に思っていたのだが、

「あら、絢斗、やればできるのね。これからはきちんと毎回お客様のエスコートしなさいよ?」

「嫌だ」

という、綾香と絢斗のやり取りから、瞬時に絢斗のフェミニスト疑惑は打ち砕かれることになった。
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