無口な彼の熾烈な想い
前菜、スープ、魚料理に肉料理。

そして口休めのソルベ。

提供される品々は、鈴の好きな食材をふんだんに使ったコース料理だった。

トマトとアボカドにモッツァレラチーズのカルパッチョ。

ポテトとコーンのポタージュ。

白身魚のソテーに伊勢えびのテルミドール。

メインディシュは一口サイズの和牛のヒレステーキ。

レモン風味のソルベ。

兄からリサーチしたであろう鈴の好物の数々は、絢斗の手によって極上の風味に仕上げられていた。

今回のメニューは創作料理というにはありふれているし全く珍しくはない。

しかし完全に鈴の好みに寄り添った鈴だけが満足する完璧なコース料理であった。

味わい手によってその感想はまちまちだろう。

しかし、鈴にとっての絢斗の料理は、鈴のことを思って構成されているのだとわかる゛想いの伝わる゛料理だったのだ。

鈴は料理ができない。

というか、しない。

食への興味が薄いというか、単に便利さや簡便さを優先して出来合いのものを利用する方が楽だからだ。

忙しい共働きの両親がほとんど料理をしなかったことも影響している。

学生時代の千紘も鈴もカップめんやレンジフードに頼ることが多かったのだ。

玖美と付き合い始めた頃から千紘の食生活は健全なものへと変わったが、彼氏もいない鈴の食生活は大きな変化をもたらさないまま今日に至る。

動物相手とはいえ、医師という冠がつく職業についているからには食の大切さはわかる。

しかし゛それとこれとは別゛と楽な方に流されてきた鈴は弱い人間なのだろう。

これまで家族や友人と、いわゆる口コミで評価の高いお店を訪れ、美味しいといわれる料理を口にしてきた自負も多少はあった。

しかし、ここまで鈴の心を揺さぶってきた味と盛り付けは絢斗の料理がはじめてではなかろうか。

期せずして、食の喜びを知った鈴は、満面の笑みで提供される品々を完食していった。


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