無口な彼の熾烈な想い
鈴の願い通り、車の中では、それ以上会話は弾まなかった。

否・・・。

弾まなかったとういうより、鈴があまりの快適さに車の中で寝てしまったから会話など弾むはずもなかったのだ・・・。

「重ね重ねごめんなさい。この無礼をなんとお詫びしたらよいのか・・・いっそ返り討ちにしてくだされ!」

返り討ちとは、本来、敵討ちを意味する言葉だ。

車の中での居眠りぐらい、無礼でもなんでもないし、鈴や鈴の周囲の人間にも果たすべき遺恨はない。

可愛い寝顔も見れたしご褒美・・・。

いや居眠りはむしろ、強面と呼ばれる絢斗にも心を許してくれているようで嬉かったのだ。

そもそも、鈴は時々言葉の使い方がおかしい。

いや、呆れて嫌われようとわざと言っているのか・・・?

しかし、鈴の真っ赤な顔を見ていると、わざととか、意図的にとか、そういう悪意や何らかの思惑がある人間には全く見えない。

小動物、まさに愛玩動物のような清廉さが彼女にはあるのだ。

出会ったときの、少女のような容姿に反するクールで敏腕な獣医というイメージとは真逆の素顔。

見るものを包み込むあたたかな鈴の雰囲気に、絢斗は意図せずとも惹かれずにはいられなかった。

それなのに、己の不器用さと絶対的な経験不足から上手く言葉を紡ぐことができない。

スマートな態度をとることもできない。

このままでは嫌われてしまう、と焦りが生じているのだが、対する鈴の態度は一貫してニュートラルだ。

気負わなくても素のままの絢斗を受け入れてくれているのでは、と、絢斗は勘違いしそうになる。

全身に心に鎧を纏った自分を受け入れてくれる、自分をさらけ出すことができる、そんな女性は生涯現れないと絢斗は思っていた。

その証拠に、女性にときめいたことも心を開いたことも一度もない。

絢斗は、目の前で真っ赤になって謝る鈴を眺めて、変わりつつある自分の心のままに身を任せることを決意するのであった。
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