無口な彼の熾烈な想い
鈴はため息をついて、当直室に置いてあるソファーベッドに横になった。

本当は、当直の合間に目の前のコンビニに晩御飯を買いに行くつもりだったのだか、予定が狂いその気も失せてしまった。

今日手術したワンちゃんがいるため、今夜は鈴が当直だった。

鈴の兄夫婦も獣医。

毎日ではないが、手術や入院する動物がいる場合は交代で当直をする。

兄夫婦は動物病院の2階に住まいがあるため、入院があってもさほど問題はないようだが、時には夫婦のみの時間も必要なこともある。

そのため、月に何回かは、鈴もすすんで当直を担当している。

コンビニ弁当は諦め、ストックしていたカップめんにお湯を注ぐ。

待っている間、鈴はスマホのスイッチをいれ、現在はまっている乙女ゲームのアプリを開く。

『お帰り。今日は遅かったな。仕事疲れただろ?』

「はーい、疲れました。ご主人様」

ゲームから聞こえるloading直後の推しメンボイス。

ノルマをこなしながら推しメンとの恋を育てる乙女ゲーム。

親友のゲームオタク女子に薦められて最近始めたばかりのゲームだったが、イラストが好みのドンピシャであったことと、推しメンのキャラクターボイスが超絶イケボで低音だったことからまんまと布教活動にのせられる形となった。

「3次元イケメンもなかなかですが、ガチのツンツン、デレなしはあり得ませんな」

先ほど突然現れた3次元イケメン瀬口を思い出し、ついついオタクの親友が話すような言葉が自然に出てきてしまった。

もちろん独り言で。

゛今日はログインボーナスをもらうだけにしよう゛

出来上がったカップめんを寂しくすすりながら、ゲーム内の2次元推しメンから癒しの言葉を受け取る。

こうして、鈴の多忙でレアな一日は終わりを告げようとしていた。
< 7 / 134 >

この作品をシェア

pagetop