無口な彼の熾烈な想い
「実現したら私が真っ先に注文するね。もうすぐ義姉の誕生日なの。玖美さんはね、イルカが大好きなんだけどマジパンとかでイルカが作れるかな?海の色とかソースで表現できるといいけど・・・」

鈴は嬉しそうに、いずれ絢斗にお願いしたいと考えている料理に思いを馳せている。

その表情からは、媚も嫌悪も否定も損得勘定も見えてこない。

可愛らしい見かけもだが、淡々と仕事をこなし、初めて会った絢斗の外見や世間から評価を受けている一面に惹かれて媚を売ることもなく・・・どこまでも自然体な鈴に絢斗は興味を持った。

鈴は無愛想な自分に似ているようだが、動物には優しい。

動物の前では、コロコロとその表情を変えて感情豊かになる。

時間外に飛び込みで現れた絢斗に優しく対応してくれた訳ではなかったが、卵詰まりで苦しんでいるピーちゃんにはどこまでも優しかった。

その一方で絢斗には淡々と事実のみを告げる。

分かりやすくここまでに至った経過と原因を述べ、今後の対策となすべきことを伝えていく。

その姿には無駄がなく実にさっぱりとしていた。

よほど急いでいたのか、処置を終えて用件だけを述べると鈴は絢斗をさっさと門前払いした。

なんて愛想もくそもない女性だ。

そんな率直な感想を抱いたが、目の前で起きた衝撃の数々に、絢斗の心は動揺だけでなく、別の高揚を感じていた。

もしかしたら衝撃的な出来事に一緒に居合わせたことで相手に好感を持つ(犯罪者を好きになる)、いわゆるストックホルム症候群みたいなものだったのかもしれない。

そんな自分の真意を知りたくて、全くついていく必要はないのに、絢斗は゛鳥籠持ち゛兼゛ドライバー゛として、花菜と綾香のピーちゃん引き取り場面に立ち合うことにした。

一夜開けても、相変わらずクールな鈴だったが子供と動物には一貫して優しいことがわかった。

そしてまた、綾香への対応と比較して見ても特別に絢斗を毛嫌いしているわけでも、意識しているわけでもないとわかって複雑な心境だった。

゛自分は鈴にどんな態度をとってもらいたいのだろう?゛

そんなことをぼんやりと考えていた絢斗の前で、マイペースな花菜の言動に真摯に対応し続ける鈴はあっさりと絢斗がずっと欲しがっていた言葉を紡いだ。

オスだとおもって買ったインコがメスだと知ってがっかりした花菜に、鈴は

『もしも、ケントくんが本当は゛女の子なんだよ゛て言ったら、花菜ちゃんはケントくんを嫌いになる?いらないって誰かと取り替える?』

と質問した。

実は、その質問は絢斗にとっての鬼門だったのだが、聞かれた花菜はあっさりとそれを否定した。

『ケントくんは女の子だったの?えー?・・・びっくりしたけど、ケントくんはケントくんだもん。嫌いになったり捨てたりなんてしない。でもケントくんはケントちゃんになるの?』

゛どんな絢斗でも受け入れる゛

そう言いきった、何も知らないはずの幼い花菜の正直な気持ちがただただ嬉しかった。

『ピーちゃんも花菜ちゃんがメスだと知らなかっただけで、仲良しさんのピーちゃんのままだよ?一緒にいて楽しくなかったの?』

『楽しかったよ。肩に乗ったりお話ししたり・・・。そう・・・だよね。ピーちゃんが女の子でも仲良しなのは変わらないよね。ケントちゃんもね』

しかし、更に嬉しかったのは、オスだからという理由でピーちゃんを捨て去ろうとした花菜の言葉を否定するでもなく、内面に語りかけることで真意を導きだした鈴の言葉の重さの方だった。
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