無口な彼の熾烈な想い
世の中には様々な人種がおり、それぞれに異なる文化や認識を持ち、行動様式も違う。

グローバル化が進む中、そのことを当たり前のこととして捉えていこうとする試みは、世界の中で暮らす国際人として常識である、と学校ではまことしやかに教えられてきた。

しかし、家庭や教育施設、地域といった小規模なコミュニティ内においては、その中に存在するヒエラルキーの頂点に立つ者の一存で、全てが決まると言っても過言ではない。

絢斗や綾香が育った家庭、瀬口家においての頂点は2人の母親である彩月だった。

絢斗は彩月に抑圧されて育った。

存在を否定され、別のものに置き換えられ、上手く出来ないと呆れられて蔑まれた。

物心ついてからの姉は、絢斗を庇ってくれる存在になったが゛与えられることが当然である゛として育ってきた我が儘な彩月に対抗できるようになるまではかなりの時間が必要だった。

中高一貫である私立高校に入学し、寮生活を選ぶことで母からの抑圧から逃れることはできたが、絢斗の小学校時代を知る同級生からの陰湿ないじめはその後も6年間続き心が休まることはなかった。

そんな生活の中で、癒しを与えてくれたのが料理だった。

奔放で支配的な母だったが、唯一、絢斗の料理の腕前だけは誉めてくれた。

寮では自炊をしていた。

料理やお菓子を作っているときだけは無心になれた。

時々それを姉の綾香に持っていけば誉めてもらえる。

そうしてかろうじて自尊心を保つことができていた絢斗は、フランス料理の専門学校に進学することにより、腹心の友であり、料理の師匠でもある関口ルイに出会うことが出来たのである。
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