央弥は香澄のタオルしか受け取らない
次の日、香澄は央弥の分のお弁当も作って持ってきた。央弥には剣道を教えてもらっているので、そのお礼と思えば、ちょっと楽な気持ちでお弁当を渡せる。理由があるからみたいな。

でもドキドキする。
彼はどんな顔をして食べるんだろう、考えただけで泣きそうだ。

味の好みもあるだろう。

香澄はもともと調味料も基本的な物ばかりの昔風のお弁当だ。
冷凍食品も使わないし、今風のお洒落な食べ物より、おばあちゃんのお弁当というかんじ。
気に入ってもらえるか分からなかった。

央弥は、

「ああ、ありがとう」

と受け取り、長い指で(ふた)を開けた。
香澄は緊張でかーっとなった、うわわ。
いただきます、と言って央弥が大きく一口食べた。
綺麗な箸使いだった。

香澄と央弥は向い合う形で座っていたのだが、香澄が心配そうに見ていたら、央弥は上目遣いで、

「すごく美味しい」

と低く言ってフッと口元を(ほころ)ばせ微笑んだ。

香澄は体にパッと火がついたような気持ちがした。
なんかドキドキが止まらなくなる。
央弥先輩ってこんな表情もするんだ、と思った。
いつもの凛々しい強い眼差し、その中に見える甘い優しさ。

央弥は、とても美味しい、と言ってお弁当を綺麗に食べてくれる。

央弥の態度は、日に日に慣れた感じになってきていた。
いつもちょっと含んだような余裕な感じの笑顔を見せてくれる。

お喋りな感じではないのに、何だか自然と話をしている。
ゆっくり、落ち着いて、低めの声で、彼は淡々と話す。
香澄の事もいろいろ聞いてきた。

「昨日はどうしてたの?」

と目を覗き込んで聞かれて、香澄は昨日の1日を事細かく話した。

「なんか困ってない?」

と聞かれて勉強を見てもらう事もあった。

お弁当についても話題になる。
央弥がぽつりぽつり、具材や味付け、買い物、それから香澄がどんな感じで作っていたのか知りたがる。
香澄は一生懸命、たまには身振りも交えて答えるんだけど、央弥は嬉しそうに最後まで聞いている。

央弥は無口な人なのかと思っていたが、全然そんな事なくて話がつきない。
ドキドキしたまま、あっという間に時間がすぎて、もっともっと一緒にいたくて、彼のただ一人の人になりたいと欲張りになっていく。
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