央弥は香澄のタオルしか受け取らない
✳︎

目を覚ましたら東堂央弥が部屋にいた。

えっ?

夢?

一度目を閉じたけど、やっぱり本当に

「央弥先輩⋯⋯ 」

香澄の部屋に彼がいる。ベットの足元の椅子に座っている。

「昨日、借りたままだったし、気になって届けに来たのだが、香澄のお母さんにどうぞと案内されたんだ」

と、昨日のタオルを返してきた。

なんだ、
一気に気持ちが沈んだ。
律儀にタオルを返しに、
言い訳みたいにいろいろ言って、こんな部屋にまで⋯⋯ 。

「香澄が休みだと、学校がつまらない」

と真顔で言われ、逆に、彼は何言ってるんだろう、と思った。
タオルをわざわざ届けに来てまで返して、
あくまでも爽やかな態度。
安心させるように優しく、
少し和らいでいる口元。

「体調はどう?」

と、優しく聞いてくれる。

ふと見たら、扉がわざと少し開いていて、なんか笑えて、泣くほど悲しくなった。

誰もいなくても、誰も見ていなくても、彼は真面目に香澄と距離を置いているのか。
部屋に来てまでも。
2人きりで部屋に閉じこもったりしない、間違いがないよう、香澄にも誤解を受けぬよう、もし誰が知っても大丈夫なように。

真面目にただ返しに来た。

貰いっぱなしだと、私が誤解してしまうとでも思った?

そんな配慮、

そんな事、理由も何も全部忘れてしまうぐらいに好きって、私はもうとっくに、自分だけが全部を央弥にあげたままでかまわないし、どんな誤解も事実も間違いも構わないのに、苦しい。

央弥の正しい真面目で律儀な態度が苦しい。
真面目に優しいのが苦しい。

香澄は思わず、

「タオルなんて、いいのに、」

と言った。

「えっ?」

と央弥は香澄を見た。
いつもの笑顔がすーっと消えた。
後は、怖いぐらいの鋭い目。
彼の甘く笑う口元が真っ直ぐに引き結ばれる。
香澄は少し布団を引き上げて、布団から目だけ出した。布団の中で、小さな声で言った。

「央弥先輩、真面目すぎです⋯⋯タオルなんて、返さなくていいのに 」

と呟いた。

珍しく、2人の間に沈黙が落ちる。
いつもの居心地の良さ、そこに黒いシミができる。
香澄は笑えなかった。

「いや、返すよ?」

と央弥が言った。
央弥の顔が見たくて見たくない。
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