央弥は香澄のタオルしか受け取らない
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央弥は約束の場に来たが、香澄の姿がなかった。
そこにはお弁当だけが置いてあった。
いつも央弥を待っている香澄がいない。
タオルもない。
央弥がゆっくり周囲を見たら、香澄の髪と肩先が見えた。
木の後ろに隠れている姿が、葉の間からちらちら見える。
「座ってもらえないだろうか」
「⋯⋯ 」
「こちらに、そばに」
「出来ません」
震える声が言った。
「先輩が1番わかってますよね。私、もう、お弁当もつくれないし、タオルも、わたせない、」
「やはり見ていたのか?」
央弥が言葉に詰まった。
香澄は央弥が女子のタオルを受け取るのを見ていた。
目の前で。
央弥はあの人の告白を受け入れたじゃない、それなのに、
「律儀すぎです、私にまで気を使わないでください。こんなところまで来ないでください。ダメですよ」
「なぜ?」
「カノジョが⋯⋯ いるのに、私と2人きりなんてダメです⋯⋯ 」
央弥はぽつんと言った。
「不実だった」
「ふじつ?」
香澄は言葉の意味が瞬間分からなかった。
不実⋯⋯ 。
「ああ、全然知らなかったんだ、タオルの告白の話」
「えっ?」
(央弥先輩⋯⋯ 。まさか、知らなかった、って⋯⋯ ?)と香澄は驚いた。
「知らないとはいえ、気のない相手からのタオルを受け取ってしまった」
「⋯⋯ 」
「君のタオルを洗って返してしまっていた」
「⋯⋯ 」
「今朝友達から聞いて驚いた、タオルを渡す意味を初めて知ったんだ。
クラスの女子にはきちんと話をして、誤解を解き謝ってきた。そのようなつもりは微塵もないと」
そう言って央弥は香澄の方に近づいてきた。
木を回り込んで香澄の正面に静かに立ち、香澄を見下ろした。
「香澄のタオルを返したのは会う口実が欲しかったからだ。またわざわざ持ってきてくれるのだろう、と思うと嬉しかったんだ」
央弥の声が正面から聞こえる。
彼は一生懸命、誠実に話している⋯⋯。
香澄だけに話して、分かってもらおうとしている。
「だけど知った今なら返さない。
渡されたタオルは自分のものだ、誰にも渡さないし返さない何があっても。
何本でも、何度でも、すべて」
「それって⋯⋯ 」
「香澄からだけだ。俺が受け取りたい人は一人だけだ。
他の誰からも受け取らない、君以外からなら、いらない、完全お断りだ。
君からの気持ちだけがほしい。
俺は香澄が欲しい」
香澄は涙で央弥の姿がぼやけた。
央弥の言葉が心に、体に、染み入る。
真正面に立って、ちゃんと香澄を見て、央弥の必死の饒舌と伝えようと真剣に話してくれている姿が、彼の気持ちを伝えてくれる。
そうだったんだ、
央弥先輩はタオルの話知らなくて、
私は気持ちを伝えてなかったんだ。
やっぱりちゃんと言わなきゃいけなかったんだ、
自分の言葉で。
「私、私もはっきり言えなくて、中途半端な事をしました」
と香澄は涙声で言った。
一生懸命、央弥の顔を見ようと、顔をあげた。
央弥の真剣な顔が涙でぼやけるけど、彼もちゃんとまっすぐ香澄を見てくれている。
目が合う、彼と。
気持ちを伝える。
「毎日渡していたタオル、本当は毎日毎回そういう気持ちでした。
私、央弥先輩が好きです。
でも言葉に出来ず、なぜか洗って返されるのを何でだろうって⋯⋯ 私の気持ちは受け取らないって事なのかと聞けなくて⋯⋯ 」
香澄は涙を手で拭った。
それからまた、央弥の目を見る。
「央弥先輩、誤解されたくないんだと思ってました。熱の時までタオルを返しにわざわざ⋯⋯ ドアも閉めなくて⋯⋯ 私とはそんなつもりはないんだって言われてるんだと感じて、何でって、苦しくなって、真面目さが苦しく感じてしまって」
央弥がじっと香澄を見て目を逸らさない。彼が静かに言った。
「抱いてもいいだろうか」
「はい」
央弥が手を伸ばし、香澄が安心したように身を寄せる。
香澄が央弥を確かめるように、手でギュッと彼のシャツを握って、胸に顔を押し付けた。