央弥は香澄のタオルしか受け取らない
入学式後、香澄は上級生の列をたぐって東堂央弥を見つけた。

彼は背が高く、姿勢が良くて、誰よりも目立っていた。それだけではなく、彼の周りだけ空気が違うみたいに、そこだけ凛としたオーラが漂っているようだった。
彼が涼やかな目を香澄にむけた。
香澄は体中が熱くなるような気がした。

「あの時はありがとうございました!」

と頭をペコリと下げ、彼に挨拶した。
探して走ったので、息が切れていた。

「あぁ。あの時の受験生か。無事に合格したんだね」

と、央弥はすぐに答えた。
やはり落ち着いた声、記憶と同じ声だ。
一度しか話していなかったのに、央弥に覚えていてもらったのは嬉しかった。
背の高い央弥を見上げて、彼の目を見たら香澄は息が出来ないような気持ちになり、ギュッと自分の手を握ったまま顔を見つめた。

央弥は、

「よかったね。どうしているのかと気になっていたんだ」

と言いながら、彼の方も香澄をひたと見た。
すっきりとした顔立ちに切長の鋭い目、威圧感すら与えてしまうような気迫と落ち着き、でもその瞳の中に
香澄は安心感と優しさを感じた。

彼は剣道部だという。香澄はすぐに央弥に話を聞いた。

「私も剣道部に入れますか?」
「もちろんだ」
「全くの初心者ですよ」
「誰でも初めがある。
やろうと思う事が大切だと思う」

と央弥は真面目に答えたくれた。
央弥が副部長をしているらしい。

香澄はその場で剣道部に入部を決意した。

知らない地でスタートした新しい生活。
央弥の「どんな場面でも、焦らず頑張れ」という言葉と、落ち着いた声を香澄は心の支えにしていた。
そして、彼の側にいたいと、さらに一歩を踏み出した。

央弥は女生徒にかなり人気がある。
ファンは多い。
しかし剣道はマネージャーをおいていないうえに、練習が恐ろしく真面目だと知られている。
面をつけていて顔が見えない。
場所も入りにくい体育館の中でやっているからか、クラブ活動まで追ってくる子はいなかった。

実際に央弥の人柄に()かれて入部までしたのは香澄だけだった。

剣道部の部員数は30人ほど、女子は各学年2、3人いるが、男女とも有段者しかいない。
剣道に興味を持っていると言うだけで部員達は香澄に親切にしてくれるが、素人の香澄は申し訳なさと場違いさをどうしても感じてしまっていた。
< 6 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop