央弥は香澄のタオルしか受け取らない
香澄は今日も基礎練を終え、途中から剣道部の見学をしていた。

ちょうど央弥が実践の練習を始めるところだった。

央弥の厳しい低い声が体育館に響く。
ピンと張り詰めた空気が場に広がり、こちらの姿勢も思わず正してしまうぐらいだ。

央弥を知れば知るほど素敵な人だと思う。

彼の迫力ある緊張感、
隙のない身のこなし、
落ち着いた態度、
体型、しぐさ、目つき、持ち物⋯⋯ 。
その全てが凛としている。

凛としていてかっこいい。
誰よりも、誰とも違って、彼だけがいい。

何が他の人と違うのかな、と香澄はいつも思う。

まっすぐに、揺るがない気持ち。
安易に人を寄せ付けない強さ。
努力を重ね、高みを目指す人。

自分自身もそんな、きちんとした人じゃないと、彼に向き合えないと感じさせる。

なのに鋭い目には落ち着いていて優しい人柄が浮かび、守られるような安心感をくれる。

本当は央弥の横に立てるぐらいの自分だったらいいのに、と思う。
香澄は央弥に向き合えるものが、自分には何もなくて、同じクラブに入って近づこうと思えば思うほど、遠くなるような気がしていた。

ならば、せめてどうにかして、彼の役に立つ事は出来ないだろうか。
香澄が央弥の存在に助けられたこと、こうして彼のようになりたいと思い頑張れることは、香澄の大事な核のようなものになっている。

香澄は自分の出来ること全部で彼に何かしてあげたいと思った。
少しでも力になれたらいいのに。
彼が困るならそれを取り除いてあげたい、彼が寒いならあたためてあげたい、彼が痛いなら代わってあげたいと思う。

そうして、本当は、央弥と一緒に歩んでいきたいんだ。

香澄は央弥に声をかけてもらった時から彼に惹かれていた。
強く惹かれて一目惚れだった。
初めての恋と憧れだった。
その気持ちは彼の助けになりたい、同じ方向を向いて努力して生きていきたいという妙に現実的な気持ちで大きくなっていた。
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