央弥は香澄のタオルしか受け取らない
「海野香澄!」
香澄が部活の時間に体育館に行くと、央弥に呼び止められた。
なぜかは分かっていた。
香澄は昨日少し足を挫いたのだ。
駅の階段を降りている途中の、完全な自分の不注意だった。
剣道の練習にも迷惑をかけてしまうし、こうやってすでにもう央弥の手を煩わせている。
彼に声をかけられた嬉しさと、申し訳なさ、自分の不甲斐なさに情けなくなる。
香澄は落ち込んでいた。
「足は大丈夫か?」
心配そうにしてもらって、ますます気が沈んだのだが、
「決して無理はしないように。まずは怪我を治す事だ」
と央弥がすぐに言った。彼の優しさにじわりと目の奥が滲みそうになる。
「はい⋯⋯ 」
香澄が小さな声で答えたら、
「どうした?落ち込んでいるの?」
と央弥が問うた。
込み上げてきた涙が、ポロッと一粒だけ溢れた。
香澄は俯いた。
涙を見せないように。
背の高い彼が、香澄を上から見ているのが分かる。
元々、足手まといだった自分だ。
頑張りたいのに、いつも大事な時に情けない自分だ。
何も出来ることがないと香澄は思った。
央弥に近づきたいのに何も出来ない⋯⋯ 。
「まずは剣道のルールを覚えるのはどうだろうか?」
と上から央弥が落ち着いて言った。
パッと香澄は顔を上げて、央弥を見上げた。
央弥は少し香澄に合わせて下を向いてくれている。
姿勢のいい彼なのに。
央弥は香澄としっかり目を合わせて言った。
「そうすれば、飛躍的に手伝ってもらえる事が増える」
「手伝う⋯⋯ 」
「そう。顧問からきいたが、部を手伝いたいって?それなら、まず剣道を知る事がいいと思うんだ」
香澄の顔が明かりがともったように嬉しそうになっていく。涙で瞳がキラキラしていた。
香澄は剣道部で1人だけ素人だ。基礎練後は邪魔してしまうだけだから、怪我を機にクラブの手伝いをさせて欲しいと顧問に申し出たのだった。
「その、よかったらだが、俺が少しずつ教えようか?」
「えっ?!?!?!はい!えっと!嬉しいです!」
央弥が満足そうに頷きながら、続けた。
「部活中は変に目立ってしまい困るだろうが部活の後では遅くなりすぎるな⋯⋯ 昼休みはどう?いや、迷惑か⋯⋯ ?」
「とんでもないです!私こそ!いいんですか?」
央弥は香澄をじっと見てから、フフッと微笑んだ。
「では、一緒に食べながら教えるよ」
と言った。