離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
 カウンターの左側にはお客さんとの間にアクリル板が立っていて、私はカップに氷を入れ、コーヒーをそそぎながら視線だけでちらりと高城のほうを見た。

 すると高城もこちらを見つめていて、視線が絡み合う。私は反射的に思い切り顔ごと目を逸らし、手もとに視線を戻した。

『ひと目顔を見たくて』なんて、数時間前まで家で顔を合わせていたのに。食事をするひまもないくらい忙しいならどうしてわざわざ店になんか。

 急な出来事に鼓動が速くなって落ち着かない。男がまだこちらを見ている気がして顔を上げられなかった。

 高城と入籍してから、まもなく一週間が経とうとしている。

 引っ越しをした次の日の夜。いろいろとふたりで今後の生活について話し合う中で、私は奨学金の返済のため、カフェでの仕事は続けたいと高城に相談した。

 それに対し男の返答は『かまわないよ。俺が必要な分を用意すると言っても、君は自分で働いたお金で返したいと言うだろうから』だった。
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