離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
「……そうだったんですか。厨房の方もお忙しいでしょうから、それならまたここへ伺います」

 私がそう言うと、高城は物悲しげに微笑む。

 まただ。身体を重ねた夜もそう。この男がたまに見せるこの今にも泣き出しそうな表情は、いったいなんなのだろう。

 新たな疑問に、私の胸は次第に疼くように痛んでくる。

 正直嘘だと思いたかった。そうでなければ、父はこの男に切り捨てられただけでなく、シュペリユールに利用されたことになるかもしれないのだ。

 方法はわからないけれど、八年前、恐らくシュペリユールは父のレシピを手に入れた。

『これは先代たちの努力の結晶で、この店の宝だ。俺は店が火事になったら迷わずまつりとお母さんとこのノートを持って出る』

 私が中学生だった頃、眠れずに夜遅く水を飲もうとキッチンに向かっていると、居間にある母の仏壇の前で珍しくノートを読んでいた父が言っていた。

 もし私の考えが真実だとしたら、私は今以上にこの男を許せなくなる。
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