無気力系幼なじみと甘くて危険な恋愛実験


手のひらの痛みに気づいた時、壱の左頬は少し赤らんでいて。

たぶん私は、生まれてはじめて誰かを叩いた。


叩いたら、叩いたほうも痛いんだ。

そんなことさえ、生まれてはじめて知った。


あの日の小さな壱の拳は、どれくらい痛かったんだろう。

夢では思い出せなかった、その熱。



「…仁乃、言っていい」



壱は恐いくらい静かな声で言う。


平手打ちをくらったせいで柔らかな前髪は少し乱れて目にかかっていて、私はなぜかとても遠い場所から壱を眺めているようで。

壱のそんな姿さえ、綺麗だと思っていた。



「もう、黙ってるだけじゃ伝わらないし」

「俺は男だし、仁乃は女だし」

「幼なじみなんて便利な関係の効能は、たぶんとっくに切れてるし」



壱の薄い唇がほんの少し、ほんの少しだけ笑うのを見た。



「仁乃が俺に知らしめたかったことがなにか分かるよ」



壱は怒ってなんかない。



きっと深く、深く深く深く、悲しんでる。



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