金蓮者(きんれんじゃ)
 みさきは事務所移籍の不安もかさなり、かなり不満をためこんでいたようだ。
 しかし、那智夫はみさきの不満に向き合おうとしない。気にせぬそぶりをして話を続けたり、時にはみさきの詰問(きつもん)に、だまって耳を傾けることしかしなかった。
 そんな、ある日。
「みさき、これ読んどいてくれ」
 那智夫が4、5冊の社会学の入門書のようなものを持ってきた。
「何、コレ?」
「うん、全部読む必要はないんだ。パラパラめくって気になったところを、じっくり読めばいい」
「だから! 何の意味があるの!」
「歌手デビューすれば、いろいろなインタビューなんかの仕事もうけてもらう。そんなとき普通の女の子がどんなことを悩んでいるかは頭に入っていた方がいい」
「あたしにインタビューするのよ! みんなあたしが知りたいの!」
「それは、そうさ。でも、みさきがみさきだけを表現してどれくらい共感が得られるかな? みさきの体験は話題の核になるのは当然さ。だけど「私もその事で悩んでいたの」と思わせたらファンとの距離はグッと縮まる。まあ、ヒマを見つけて読んどいてくれよ」
 那智夫は用件だけ伝えると部屋から立ち去った。
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