これを愛というのなら
蓮と利香が、マリッジに向かっている頃ーーー。


「お忙しいのに、引き受けて頂いてありがとうごさます。チーフの倉本です。よろしくお願いします」


梓が名刺を渡して、頭を下げると。

鈴木も、よろしくお願いします、と名刺を渡して頭を下げる。


よろしくね、と早織は、いきなり梓に。


「貴女が、蓮くんの彼女?」


そう問い掛けた、鋭い瞳で。


「そうです。結城さんのことは、料理長から聞きました」


「そう。だったら、話が早いわ!蓮くんを私に返してくれる?」


「返す?何を言ってるんですか?結城さんは結婚されてますよね?」


「別れたの。そのあと、蓮くんを探したわ。やっと見つけたと思った時には、貴女がいた。だから、返してって言ってるの!」


「料理長の将来を考えてくれて、料理長と別れたんですよね?そのあと、離婚したから。まだ、料理長を好きだから返してって都合のいい話ですね。私だったら、まだ好きでも。一度、将来を考えて別れた相手なら、幸せになって欲しいって願います」


「本当に、そう言い切れるのかしら?」


「わかりません。結城さんと同じ経験をした事がないので。だけど、少なくとも。そうするだろうと思います。自分が愛した人が、今は幸せならきっと入る隙間なんてないから」


「そうね。じゃあ、もし蓮くんに私が迫って、蓮くんが貴女じゃなく私を選んだら?」


「料理長は、結城さんの所へは行かないと信じています。例え、りょ…蓮が結城さんを選んだとしたら……」


梓の瞳から涙が滲んでいる。

愛する人を失う怖さを苦しい程、知っている梓にとって。

一番辛い、答えづらい問いかけだったから。


ずっと、何も言えずに、見ていることしか出来なかった鈴木が。


「倉本さんに、これ以上、止めてください! 料理長と倉本さんは、すごくすごく愛し合ってるんです。だから、料理長が結城さんを選ぶなんて、あり得ません! 」


自分の言葉で、早織に反論するけれど。


貴女には関係ない!と、早織に一喝されて。

どうしよう、と悩んでも鈴木には、どうする事も出来ずに。

蓮と利香に、早く来て、と願うしかなかった。



「 蓮くんが私を選んだら……なに?奪いにくるの?泣きすがるの?」


迫られる答えに、梓は涙を堪える。

泣かない、泣いたら敗けだ。

梓は、必死にそう言い聞かせていた。


その時ーーー。


梓の愛する人の声が、自分の背後から聴こえて。

ほっと、一息つくと。

堪えていた涙が瞳に、溢れた。
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