これを愛というのなら
「もう止めろ!」


俺が梓の後ろから、そう言うと。

涙目の梓が振り返って。


「…蓮…遅いよ…」


悪い、と。

梓の目線に合わせて屈んで、瞳に溜まった涙を指で掬って。


「泣き虫なくせに、涙を頑張って堪えてたんだろ?よく頑張ったな。もう我慢しなくていい」


頭を撫でて、梓を抱き締めると。


「頑張ったよ…蓮が来るまで泣かなかったよ…」


鼻を啜りながら、俺の胸で泣く梓の背中を擦って。


そうだな、もう大丈夫だからな。


囁くように言うと、頷いて顔を上げた梓の頬に流れた涙を拭いて。

梓の目尻に、唇を落とすと。

少しだけ微笑んだ梓に、帰ったら聞く、と頭を撫でる。


そんな俺たちを見ていた、早織さんは。


「蓮くんは、相変わらず優しいのね?」


俺に抱き付いたままの梓の肩を掴もうとするから、

咄嗟に、梓の肩を片手で抱いて、掴もうとした早織さんの手首を掴んで。


「好きな女に優しいのは、当たり前だろ。それより今、梓に何をしようとした?」


引き剥がそうとしただけよ、と強い眼差しで俺を見ている。

その瞳は、俺が知っている早織さんの瞳ではなく。

悪魔が乗り移ったような、鋭い瞳。


「私にはもう優しくしてくれないの?」


「優しくは出来ないけど、昔話くらいはしようとか、早織さんと別れた後の話くらいしようとか、思ってたけど。梓の涙を見て、気が変わった」


「…っ…その子の涙は演技かもしれないじゃない!」


「そんなわけねぇだろ!梓は、演技で泣くような女じゃない。どうせ、早織さんが梓に何か言ったんだろ?」


「言ってないわ!その子が…きれい事ばかり言って、蓮くんを私に返してくれないって言うからよ」


「俺を早織さんに返す?例え、梓に早織さんに返されたとしても、俺はすぐに梓の元へ戻る。それでもいいなら、梓に返されなくても、戻ってやるよ。どうする?」


鋭い瞳のまま、手首を掴んでいた俺の手を振り払って。


「ずっと、蓮くんは私じゃないと嫌よ。旦那と別れて探してたんだから。やっと見つけたんだから。それなのに……」


早織さんの瞳からは涙が一気に、溢れ出す。


泣いてる梓を見なければ、その涙に手を伸ばしていたかもしれない。

情をかけるな。

陽介に言われたこと、かける前に俺が早織さんにかける情は……なくなったよ。

だから、せめて些細な優しさを伝えといてやろう。




ずっと忘れられなかったよ。

忘れようとしても。
それに、早織さんには感謝してる。

今の俺が居るのは、ある意味、早織さんのおかげだ。

だけど、もうあの頃のような感情は早織さんにはない。

これから先も、抱くことはない。

でも、もし梓と出会う前に再会していたら、早織さんとまた付き合ってたかもしれない。



「もういいわ!とりあえず今日だけは、料理教室の講師をしてあげる!」


「そうか。梓が休みもなしに、準備していた場所だ。手を抜くなよ」


「そう。そんなに、その子が好き?」


「好きだ!梓をこれ以上、泣かせる奴は、忘れられなかった昔の女でも許さない」


「わかったわ」


それだけ言うと、教室のスペースに歩いて行く早織さん。

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