これを愛というのなら
「昨日は…すいませんでした…」


朝一番に、謝る谷口くん。


「今日、料理長は本当に来るんですか?」


たぶんね、と答えると。

どういう事ですか?、鈴木が話に入ってきて。

昨日の事を丁寧に説明してくれる谷口くんに、


「さすが!料理長!敗けてるよね、谷口くん」


蓮にいつも、からかわれて翻弄されてる鈴木だからな返しをしてる。


「料理長に、口で勝とうなんて無理無理!まぁ…全てにおいて敗けだよ。キレ られる前に、引き下がった方がいいよ」


怖いんですか?と私を見た谷口くんに。


「どうだろ…本気でキレてても、あんまり表に出さないから、余計に怖いと思うよ」


そんなこと会う前から、二人とも言わないで下さいよ!


谷口くんが、そう言った時、、、


「噂をすれば……ですよ?」


鈴木が、従業員入り口を指差して。

谷口くんも、そこに視線を向ける。

入り口を入って直ぐの、倉庫と事務所の間にいた鈴木の頭を、蓮がくしゃくしゃ撫でて、


「おはよ。今日も鈴木の髪はフワフワで気持ちいいよ」


見上げた鈴木に、口角を上げて微笑むから。


だからっ!!!

「朝から…ときめかさないでくださいっ!セクハラでそろそろ訴えますよ!」


セクハラって……

思わず笑ってしまって。


「訴えられない程度に、鈴木を可愛がらなきゃね!」


そう伝えると、セクハラに値する線引きを教えてくれよ?


「私のときめき具合です!」


笑いながら言った鈴木に、わかるわけねぇだろ!


悔しそうな蓮は私の方へ、鈴木のデスクの椅子を寄せて。

横から抱き締めて、肩に頭を乗せて、


「朝から……疲れた……」


今ので?と訊くと、厨房で、と。

またパワハラ?


「その言い方、やめろって!久しぶりに坂口と新人がミスしてキレた…」


はいはい、お疲れ様。

蓮の手を握ると、強く握り返してくれた時。


今までの、3人のやり取りをポカーンと見ていた谷口くんが、


「いつも、こんな感じなんですか?」


鈴木に訊いていて。

そうだよ、私を料理長がからかうのも。


「ここへ来たら、二人でイチャイチャしてるのも。大概は、料理長からだけど。もう見慣れた!」


へぇ~っと頷いた、谷口くんに。

私を抱き締めたまま、お前が谷口くんか…、と視線を移す。


「で、俺から梓を奪おうって?」


「そんなこと思ってませんよ!ただ…料理長の前での笑顔を、1日だけ独り占めしたいだけです。Webの写真見て、笑顔に一目惚れだったんで…」


「なるほど。でもな、それは無理だろ?お前が一目惚れした笑顔を引き出させるのは、俺だけだからな」


蓮の余裕の言い方に、下唇を噛んだ谷口くんに、

一生…俺は梓を離さない。

だから、お前には一生かかっても無理だ。


さらに、蓮が挑発した言い方をするから……

鈴木は、さすが!と感嘆の声を上げて。


「じゃあ……チーフが浮かない顔をしていたら…俺がチーフを笑顔にします!」


坂口くんより、ちょっと大人な言い方をする谷口くんに。


「そんな顔はさせないけど、その時は頑張って笑顔にしてみろ」


でも、その前に。

「梓と鈴木に、仕事を早く覚えて認めてもらうことだな。ここに入社した理由はどうあれ、入社出来たのは何かの縁だろ。仕事が楽しくなれば、自然と身に付いて、目標も出来る。それはいつか別の仕事に就いても、自分の糧になる。梓や鈴木から学べば、間違いなくな」


蓮の言葉に、私まで感心してしまう。

自分自身の事を言ってるんだろうな。

料理をしている蓮は、本当に楽しそうで。

妥協出来ないからこそ、部下に対してキツい言い方もする。

そこには、料理の道で生きて行くと決めた蓮の信念と、目標がある。

その目標は、きっと。

お父さんのような料理人になること。

お父さんの味を守ること。



「…はぁ…そんな事を言われたら…もうチーフを誘えないじゃないですか…敗けを認めたくなかったけど、敗けです…」


悔しそうに笑いながらも、頑張ります、と力強く言った谷口くんに。

蓮は、穏やかな笑みを浮かべていて。

その耳元で、ありがとう、と言うと。

あぁ、と頭にポンっと手を置いた。


鈴木はと謂うと、瞳に涙を浮かべていて。


料理長!退いてください!と蓮を私から引き剥がして。

蓮の反対側から抱き付いたかと思うと。


「私の目標は、倉本さんです!倉本さんのようなプランナーになります!」


そして、蓮を見て。

どこまで料理長はカッコいいんですか!

「料理長の言葉に、改めて私に取っての倉本さんの存在の大きさを、再認識させられました!」


そりゃよかったな、と蓮は鈴木のデスクの上のティッシュを、私の前に置いて。

梓に拭いて貰え、と。


「泣いた顔じゃ、お客さん来たら接客出来ねぇぞ」


その然り気無い蓮の気配りと優しさに、

完敗、と谷口くんは両手を挙げて。


賑やかな笑い声が、事務所内に響いた。

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