これを愛というのなら
症状がまだ大事に至る状態ではなく、

今は、救命センターから空いてる一般病棟の病室に移されて、点滴を繋がれている。





「本当に……よかった……」


ベッドの横の椅子に座っている蓮は、点滴が繋がれていない方の、私の手を優しく撫でてくれる。


やっと声が出るようになったものの、その声はまだカスカスだけど。


ありがとう、と言った私に。



「…梓が居なくなったら…って考えたら…俺…すっげぇ不安で…堪らなかった…」


と、撫でてくれている手に自分の額をあてた。


それってつまり…利香が言ってた私と同じ気持ちってこと…だよね?


嬉しくて嬉しくて、どうしようもなく嬉しいけれど。


今は、聞かないでおこう。


ちゃんと蓮が、自分の口から言ってくれるまで待ちたいから。




「居なくならないよ。大事には至らなかったんだし…。それに、点滴が終わったら帰ってもいいって言われたでしょ?」



そうかもしれねぇけど……と私の手に額をあてたまま呟くように言った蓮。



「それより、厨房は大丈夫なの?」


って聞くと、顔を上げた蓮は、大きく溜め息をついて。


「…こんな時に、そんな心配してねぇで自分の心配しろよ…」


そう言って、優しく微笑んだ。


だってさ、事務所に来てくれた時の勢いは絶対に厨房を放り出して来たでしょ?


「まぁ、厨房のことは真壁に頼んできたから大丈夫だから、梓は心配すんな」


そうか、副料理長に頼んできたなら安心か。

蓮は、副料理長を信頼してるから。



「そういや…梓の診察中に、会社に電話入れたら、後で梓の荷物を持って来てくれるってさ。で、陽介が、今日は戻らなくていいから直帰するように、だってよ」


みんなに心配かけたなぁ……

あとで、連絡しとかなきゃ。



わかった、ありがとう。と、微笑んだ私に蓮は、

おう、と私の頭を撫でてくれた。



「で、蕁麻疹の原因は賄いだろ?何だったんだ、賄い」


「蓮は、食べてないの?」


「あぁ。今日は仕入れに行ってて、昼飯食ってから出勤したから食ってねぇんだよ」


「そうなの。オムライスとクラムチャウダー食べた」


そう、答ると蓮の顔色が変わった。


クラムチャウダーか、と呟いた蓮。


「あれ、エビの殻で出汁取って作ってる…」


あぁ!そういうこと!

甲殻類アレルギーの私はエビの殻で取った出汁すら、蕁麻疹が出てしまう。


「わりぃ…ちゃんと気を付けてなかった俺の責任だ…」


すまない、と本当に申し訳なさそうって謂うよりも、
悲しそうな表情で蓮は謝った。


「蓮の責任じゃないよ。いつもなら、ちゃんと出汁まで、中身を確認して食べるのに今日は確認しないで食べた私自身の責任だから」


蓮に笑顔で言うと。

大きな溜め息をついて。


「大切で、大切で…かけがえのない存在の梓の辛そうな…苦しそうな姿を見るのは…もう二度とご面だからな…心配かけんなよ…」


私と同じ気持ちだって、確信に変わった瞬間だった。


「…ごめんなさい…心配かけないよう、気をつけます…」



と、蓮に言ったときだった。


「それなら……ずっと……俺の側にいてほしい…」


蓮からの、その言葉に涙が溢れだした。



「うん…側にいるよ…」


そう、答えた私の涙を蓮の手が拭ってくれて。


「泣くなよ…」


梓、俺……


と、蓮が言った所で、病室のドアをノックする音がした。


私の頬にまだ、触れたまんまだった手を引っ込めた蓮は、

はい、と返事を私の代わりにしてくれた。
< 36 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop