これを愛というのなら
パティスリーから出て来た私の方へ。


「倉本さん!」


手を振りながら、坂口くんが駆け寄ってくる。


なぜ、私に駆け寄って来ているのか…
大体の想像はつく。


「ごめん。忙しいから戻らなきゃ行けないの!」


階段の手前で、坂口くんに聞こえるように言って、

階段を降りようとした時。

坂口くんが、私の腕を掴んだ。


待って下さいよ!と。


その腕はさっき、蓮が掴んだ左腕で咄嗟に振りほどいていて。

坂口くんを見ると。


「いつ、一緒に飲みに行ってくれるんですか?」


予想通りの、誘いの言葉。


「ずっと言ってるけど、二人では行かないから。行くなら、蓮か利香も一緒ね」


そう答えると、二人がいいんです、ってまたお決まりの言葉。


思わず、溜め息が出て。


とにかく二人では行かないから、と階段を2・3段降りた私の背中に。


「俺は…倉本さんが好きなんです!料理長と付き合ってるのも知ってます!何度も諦めようとしたけれど、諦められないんです!」


叫ぶように、言った坂口くん。


これだけ、ほぼ毎日のように私を捕まえて言われてたら、気づいてるよ。

そんなこと。


「ごめん。私は蓮が好きだから、気持ちは嬉しいけれど…付き合えない」


私が、断った直後ーー。


「そういうことだ、坂口」


大好きな声が耳に届いて、声がした先を見ると。

腕を組んで、坂口くんの後ろに、蓮が立っている。


坂口くんは、料理長!?と振り返った先の蓮を見て驚いた顔をしている。

そんな坂口くんに、


「俺の女ってわかってて、よくもまぁ…毎日毎日、誘えるよな?いい度胸してんじゃねぇか!そんなに梓を好きなら、俺から力付くでも奪ってみろよ!」


そんなことはさせねぇけどな、と言って。

坂口くんの肩を強めに、ポンっと叩いた。


下唇を噛んで、悔しそうに蓮を見ている坂口くんは、

わかりました。

「負けませんから!」


まさかまさか、蓮の挑発に乗ってしまって。


カッコいい!と蓮を見ていた、私だけど。

咄嗟に降りかけていた階段を上がって、蓮に駆け寄っていた。


そして、蓮のコック服の裾を引っ張ると。

私の肩に腕を回して、自分の方へ引き寄せて。


「その台詞、忘れんなよ!」


なんて言うから、ここが何処かわかってる?と。

言おうとしていたのに言えなくなってしまったじゃない。


「忘れません!」


坂口くんは、そう言って蓮を睨むと。

私に駆け寄って来た方向へ、走って行った。



その姿が見えなくなってから、肩に回した腕を離して。


「俺が、アイツに言った用事をするって厨房を出て行ったはいいけど…まさかと思って、こっちに来てみたら予想通りだったな」


蓮を見上げている私の顔に手を添えて、

そう言って溜め息をついた。


「いつから、見てたの?」


頬の蓮の手を、ここは会社!と離してから聞くと。


腕を掴まれてた辺りから、って。


「だったら、もっと早く来てよ!」


蓮の腕を叩きながら、言ってみると。


「坂口の出方を見てた」


悪かった、と私の頭をポンっと手を載せた。


「とりあえず、坂口にまた何か言われたら…ちゃんと言えよ?」


わかったな?と、

頭に載せてる手で髪を梳かすように撫でて、優しい笑顔をくれた。
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