これを愛というのなら
温かみある商店街の一角にある、蓮の実家の洋食屋さん。


隣が家?と表札を見て訊くと。


「あぁ。毎日、隣が店だから朝飯以外は店で食べてた。幼稚園くらいから家の鍵を渡されて、鍵っ子だった」


少しだけ寂しそうに答えた蓮は、行くぞ、と私の手を引いて。

お店のドアを開けた。


ちょうど、中休みの時間帯らしく。

お店のカウンターに座っていた、蓮の両親は。

蓮を見るなり驚いた顔をしていて、蓮に手を繋がれて後ろにいる私を見て。

さらに驚いた顔をしている。


きっと言ってなかったんだろうね。


「お前、帰って来るなら連絡くらいしろ」


お父さんが、そう言って。


「本当よ。しかも、可愛い子連れて来るなら余計に連絡しなさいよ」



お母さんにも、そう言われて。


面倒くさかったんだよ、と本当に面倒くさそうに答えるから。


「突然、お邪魔してすいません。蓮さんとお付き合いさせてもらってます、倉本梓です」



蓮の横に言って、挨拶をしていた。


「普通は、お前が紹介するんだろ」


お父さんにそう言われた蓮は、はいはい、とまた面倒くさそうにしているのを。

お母さんが、ごめんなさいね、と私に言ってくれて。

とりあえず座って、と客席に促してくれて、

ありがとうございます、と私が言う前に蓮は椅子に座って、

隣の椅子をポンポンと叩くから、ここに座れってことね、と。

蓮の隣に、ありがとうございます、と腰を下ろした。



「何か食べて来たのか?」


カウンターから立ち上がったお父さんは、蓮に聞いていて。


「親父の飯を久しぶりに食いたかったから、食ってきてねぇよ。何かある?」


って、ぶっきらぼうに言うから。

もう少し素直に言えばいいのにって思ってしまう。


相変わらずね、と笑うお母さんと目が合ってしまって。

素直じゃないでしょ、と言われて。

まぁ、少し素直じゃないかもしれません、と答えると。

おい!と蓮に突っ込まれる。


程なくして、今日の昼飯だったので悪いが、とお父さんが出してくれたのが、

ビーフシチューとカリカリのフランスパンと、綺麗に盛り付けられたサラダで。


いただきます、と口にすると。

ビーフシチューが蓮の作ってくれたのと、全く同じ味で。


「蓮と同じ味だ」


呟いてしまった私に、蓮が。


「俺の思い出の味だからな」


と、お父さんをチラッと見ると。

照れくさそうに笑うお父さんが微笑ましかった。


素直じゃないところ、お父さん譲りなんだね。


「それにしても、蓮が女の子を連れて来るなんて…初めてね」


お母さんが蓮を見て言うと。

うん、梓は特別だからな。って、

お母さんを見て言ってくれたことが嬉しくて。

泣きそうなのをグッと堪える。

今日は泣けない。

昨日は私の親だったから、まだよかったけれど、

さすがに今日は、蓮の両親の前で泣き虫アピールされるのはごめんだから。


蓮は、横目にチラッと私を見て。

一瞬だけ、ふっと笑った気がした。

気づいたんだろうね、私が涙を堪えたこと。



「旨かった。ごちそうさま」


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


私たちが言うと、


「遠いわけじゃない。二人でいつでも食べにおいで」


お父さんが、嬉しそうに笑いながら言ってくれて。

お皿を下げようとすると。

お母さんが、いいわよ、とカウンターの椅子から立ち上がって下げてくれる。


すいません、と言ったあと、すぐに。


「そのうち、梓と此処に帰って来るから…それまで倒れずに店を続けててくれよ?」


お父さんに、素直じゃない言い方で。

結婚するアピールをして。


「継いでくれるのか?まだまだ現役だ。ゆっくりでいい、お前と彼女のタイミングで戻って来てくれたらいい」


照れくさそうに、でも嬉しそうに、お父さんは蓮を見て。

そう言ってくれた。


「そうね。梓さん、蓮をよろしくね。私は、蓮がきちんと将来のことも考えてる人なら大歓迎よ。いつでも一緒に帰っておいで」


お母さんの言葉が、グッと胸に響いて。

こんな私を認めてくれた安堵感で、胸が熱くなって。


「はい、ありがとうございます。蓮のことは任せてください」


作り笑いなんかじゃない、自然に溢れた笑顔で答えると。


安心したわ。

「大切にしなさいよ、蓮」


そう言ってくれた、お母さんに。


わかってるよ。

ぶっきらぼうに蓮が言うから、ついつい笑ってしまう。


そろそろ帰るか?と、

立ち上がった蓮に、頷いて。


お邪魔しました、と言った私に。


いいえ、と手を出してくれたお母さんの手を握ると。

優しく微笑んでくれた。


「また、梓と顔を見に来るよ」


アウターを羽織りながら言った蓮の後ろで、

私もアウターを羽織ってから、頭を下げて、お店をあとにした。
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