愛を語るには、一生かけても足りなくて。
「外さなくていいよ。だってそれ、本当にアヤメによく似合ってるし」
「え……?」
次の瞬間、低く心地の良い声が、今度こそハッキリと私の名前を口にした。
弾かれたように顔を上げれば、男性客の茶色がかった瞳に射抜かれて息が止まる。
私は一瞬、時を忘れた時計のように固まって、綺麗な彼の瞳を呆然と見つめてしまった。
「あ、あの……」
い、今、確かに私のことをアヤメって……。
また、聞き間違えだろうか。
どうして私の名前を知っているんですか?と尋ねたいのに、上手く言葉が出てこない。
「……まだ気づかない?」
「え、えっと……」
「まぁ……わからなくても、当然か。あれからもう、十五年も経つんだもんな」
「十五年……?」
そうして彼は、被っていた帽子とマスクを静かに外した。
その様子が私の目には、スローモーションのように映っていたところまではハッキリと覚えている。
「最後に会ったとき、俺達はまだ十二歳だったし。アヤメが俺に気づかなくても、仕方がないよな」
──十五年前。最後に会ったのは、まだ十二歳のとき。
パチン!と目の前で何かが弾けたような気がして目を見張る。
彼の綺麗なアーモンドアイが私を捕えた瞬間、私は今度こそ自分の心臓が大きく高鳴る音を聞いた。
「う、嘘……。嘘だよ、そんな……」
少しでも気を抜いたら腰が抜けて、その場に座り込んでしまいそうだ。
足は漫画みたいにガクガクと震えて、私は目の前にいる彼から目を逸らせなくなった。
「ユ、ユウ……?」
うそ、嘘だよ。こんなの絶対、嘘に決まってる。
きっと、疲れていて悪い夢でも見ているんだ。
だって、そうでもなければ現実に、彼が──"ユウ"が現れるなんて、絶対に絶対に、有り得ない。
絶対に、起きるはずのない出来事だもの。