愛を語るには、一生かけても足りなくて。
閉店間際のおひとり様、ご来店。
目の前にいる男性客は、黒いチェスターコートに白のタートルネック、細身の黒いスキニーパンツに上品な革靴という出で立ちだった。
清潔感のある黒髪に、顔には黒いマスクをしており、つばの長い黒いキャップを深く被っている。
全体的に黒、黒、黒……。
その格好のせいでハッキリと見えるのは目元だけだったけれど、まとう空気が不思議と彼の容姿が整っていることを想像させた。
身長はゆうに一八〇センチを超えているだろう。
手足は自分と同じ人間なのかと疑いたくなるほど長くスマートで、顔もルーナの商品紹介の小冊子に載っている外国人モデル並みに小さかった。
「アヤ──」
「え……?」
と、男性客が不意に声を発した。
「──い、いや」
かと思ったら慌てて押し黙り、帽子のつばを掴んで私から顔を逸らしてしまった。
今……私のこと、「アヤメ」って呼ぼうとした?
って、そんなはずはない。
胸元につけられたネームプレートには、苗字の【ISEKI】しか書かれていないし、きっと聞き間違いか何かだろう。