きみじゃなくてもいい
そうして暫く歩いて、囁かに鳴り静まる波音に。彼の手のひらがすこし力を増した。
「海、」
「うん」
「夜の海」
呟いた五文字が消されそう。
「こわい?」
思わず顔を上げると、刺す月明かりを落とした彼が、軽薄に笑みを浮かべて。奥底から睨むような冷と、試すような熱が曖昧に解けていた。
相変わらず私だけに優しくない笑顔。私だけに見せてくれる笑顔。私だけが、今まで知らなかった手のひら。……私だけに。
私は、きみの表面を知らない。
知らないあまい微笑み、欲しかったはずなのに。
「こわくない」
怖くない。きみが私を置いていかないなら。
こわい。きみが私を周りと同じにするなら。
私だけが特別だ、って。思わないけどきっと、光輝がやさしくしない女の子は、私だけだと思う。