きみじゃなくてもいい




「そう」



爪痕をつけてしまった手が離される。海が遠くで引く。堤防に足をかけて登るきみの、白が。



「やだ」



私を置いていく気がした。彼だけおとなびていく気がした。



「やっぱり行かないで」



心中なんて嘘でしょ。私が泣くから、なんて嘘でしょ。死にたいわけじゃないでしょ、本当はどうでもいいんでしょ、ぜんぶ。

ぜんぶ。私は引き止めて、願って、光輝の背ばかり追っているのに。



「…じゃあ一緒にきて、って、言ってんのに」



呆れたような声が落ちてきて、上げた視線の先で、手が差し伸べられる。何も無い表情。凪いだ瞳が、雄弁。

まだ可愛子ぶってるの、って皮肉を言う色。……確かに、悲劇なんて柄じゃない、筈なのに、分かり合えない深淵が埋まらない。

手を伸ばす。重ねる。絡める。



──これは私たちの日常を壊してる。







< 12 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop