きみじゃなくてもいい
「そう」
爪痕をつけてしまった手が離される。海が遠くで引く。堤防に足をかけて登るきみの、白が。
「やだ」
私を置いていく気がした。彼だけおとなびていく気がした。
「やっぱり行かないで」
心中なんて嘘でしょ。私が泣くから、なんて嘘でしょ。死にたいわけじゃないでしょ、本当はどうでもいいんでしょ、ぜんぶ。
ぜんぶ。私は引き止めて、願って、光輝の背ばかり追っているのに。
「…じゃあ一緒にきて、って、言ってんのに」
呆れたような声が落ちてきて、上げた視線の先で、手が差し伸べられる。何も無い表情。凪いだ瞳が、雄弁。
まだ可愛子ぶってるの、って皮肉を言う色。……確かに、悲劇なんて柄じゃない、筈なのに、分かり合えない深淵が埋まらない。
手を伸ばす。重ねる。絡める。
──これは私たちの日常を壊してる。